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Stories of fate


蒼い月

蒼い月 7

 俺は、翌日も講義を休んで東京へ向かった。もう、それほど必要な講義は残っていなかったし、一日や二日休んだとしてもそれほど影響はない。

 何故、そこまで? と問われると俺にもよく分からない。男が皆、かぐや姫の魅力に惑わされたように、俺もルナをずっとどこかで意識していたのかも知れない。高校3年間の彼女は、とても輝いていた。

 病室へ顔を出すと、ルナは今度こそ驚いた顔をした。
 心なしか昨日より顔色が良くなっている気がして、俺は少し嬉しかった。何も食べられないらしいルナに、それでも俺は女の子と言ったらケーキだろう! という短絡的な考えで、近くの店で一口サイズのプチ・ケーキを買って見舞いに持って行った。

「飛永…」

 それを見て、ルナは呆れたようだ。

「…ごめん、何が良いのか分かんなくて。」
「そんな、気を使わなくて良いんだって。…でも、可愛いね。いったいいくつ買ってきたの?」
「あ? うん。ほら、この箱に詰めれるだけ、って頼んだ。」
「男って、大雑把なのね~」

 ルナは少し笑った。

「何か、他に欲しい物、あったか?」

 椅子を引いて腰を下ろしながら、俺は言った。病室はこの間と何も変わっていなかったが、一段、空気の色が違っている気がした。美佐子さんが整えているのだろう、ルナの身の周りの物や小さな花瓶の花。そして、ルナが気分の良いときに何か描いていたのだろうか、画用紙のような物。それが整然と小さな棚に置かれている。

「ううん、良い。それ、ひとつ頂戴。」
「えっ? 無理しなくて良いぞ。本当に食べられそうか?」
「ケーキなんてカロリー高い物食べたら太っちゃうかな。」

 痩せて青白い顔のルナが笑う。それでも、何故だろう、その瞳の真っ直ぐな光はこんなにも俺の心を捕えて離さない。

「良いよ、太ったら、今度、一緒に剣道でもしようぜ。」
「そうか、まだ続けてるんだ。」

 俺は、白い箱の中から、ブルーベリーが綺麗に並んだ小さなケーキをひとつ取り出して、彼女の手に乗せた。

「可愛い…」

 ルナは微笑んだ。

「蒼い月みたい。」
「なんで、蒼い月?」
「…うん。飛永と見た月って、何度思い返しても蒼かった気がするんだ。」
「青みがかっては…いたかもな。」

 ふふふ、とルナは笑った。その顔が地上を照らすあのときの蒼く輝く月のように見えた。光を放っているのは、ルナの気高い魂だと、どうしてか俺はそのとき思った。

「飛永、どれか食べて。一緒に食べよ?」
「おお。…じゃ、俺はこの赤いやつ。」

 一口でぱくり! とやろうとしたら、ルナが「やだ、ちょっと待ってよ。」と睨む。

「私にも一口、味見させてよ。」
「ええ? だって、もともと一口サイズだぜ?」
「良いの、ちょっとで。」

 俺は思わず彼女を見つめた。

 ずっと、好きだった…

 それが、俺の声なのか彼女のものだったのか分からない。いや、声ですらなかった。
 ただ、二人の間に、そんな風な旋律が過ぎった気がした。

「はい。」

 俺は、彼女の口元に、俺の赤いケーキを近づける。ルナは、そうっと唇を開いて、ほんの端っこをかじった。赤いフルーツのジャムが彼女の唇をほんのり染め、それを舌で掬い取ってルナはにこっと笑った。

「ラズベリーだね、酸っぱい。」
「そうか。」

 俺は、彼女の一瞬だけ赤く染まった唇を見つめ続ける。もう、紫に近い荒れた唇。

 ルナの手の平の上には青い丸いケーキがちょこんと乗っかっている。でも、彼女も、そのまま黙って俺の目を見ていた。ゆらゆらと瞳の奥に揺らぐのは何の炎なのか? 命を燃やし尽くした最後の光?

 失いたくない、とそのとき、俺は強烈に思った。
 そして、その想いに引き寄せられるように、俺は、彼女の唇にそっと触れた。
 ルナは、何も言わなかった。

 一瞬、触れ合っただけで離れた俺を、これ以上ない柔らかい笑みで見つめていた。
 それが、最初で最後。
 二人の軌跡が交わった瞬間だった。


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読みました!

男が思った以上に内弁慶っぽく感じましたが、読んでて、ルナは可愛いし、ずっとキュンキュンしてました。

共感できるようなちょっと意地悪っぽさとか、悪戯な感じも台詞に多くあって、私好みでした^^

よく訪問させてもらってるのですが読むのすごい遅いのでコメント残せずすみません。fateさんのお話はグーッと心を押してくるような部分があるので、読み入ってしまいます、でも、日をあけて読み直すと忘れちゃってて読み直したり(笑
また来ます~^^
#638[2011/11/22 18:23]  結 麻月  URL  [Edit]

Re: 読みました!

結 麻月さん、ご訪問・コメントありがとうございます。
これは、実を言うと『紺碧の蒼』ですべてを使い果たして抜け殻状態で描いた世界なので、ちょっと気が抜けているというのか、fateには異色世界でした(^^;
毒気が抜けて、普通の物語を描いてしまったというのか。
ですので、評価が割れた作品です。
もうちょっとで終わります~。

#641[2011/11/22 18:47]  fate  URL 

(ToT)

ほんの何話か読んでコメントしよう・・・と思っていたのに、ここまで一気に読んでしまいました。

ただただ、ため息です。
なんてせつなくて、甘酸っぱくて、静謐で、だけど「蒼い月」みたいに燃えるような何かを秘めたお話なんでしょう・・・。

fateさんは、「いつも同じようなテーマ」とおっしゃってますが、どのお話もテイストが違っていて、どれも惹きつけられます。
私、一度でいいからこういう、日本の昔話や伝承を元にしたお話を書いてみたいと常々思っているんですが、知識のなさと発想の貧困さが邪魔してどうにも・・・。

昔話を語るおばあちゃんまで神秘的に見えてくるから不思議(^^)
#643[2011/11/23 00:28]  秋沙   URL  [Edit]

Re: (ToT)

秋沙さん、なんだか、過分なお褒めのお言葉…でも、嬉しいです!

ただ、これはfateが描いた中で、恐らく一番‘救い’のない物語かも知れません。
評価が二つに割れた作でした。
実際、fate色があんまりない世界で、ちょっと異色です。
背徳も狂気も薄くて、しかも、もう間もなく終わります(^^;

もっと‘かぐや姫’の伝承に切り込んでみれば良かったな~
と、いうぼんやりした世界でした。
でも、個人的には普通の作に仕上がっているので、不快感は薄いと思っているのですが…(^^;

#645[2011/11/23 07:52]  fate  URL 














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