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Stories of fate


陰影 1(R-18)

陰影 第一部 (ほの明かり) 12

<慶一>

 その日は、確かに忙しかったせいもあるが、どこか気恥ずかしい気がして、俺はあまりさらの方を見なかったし、特に何も話しかけることなく過ごしてしまった。
 身体は淡々と作業を続け、手順も味見もほとんど自動運転のようだったので、問題はなかった。しかし、意識は常に横に立つさらの気配に集中していた。ほとんど彼女の姿を目にすることはなかったが、彼女の様子はリアルに伝わっていた。

 一生懸命、本当に必死に手伝ってくれている様子。
 どちらかというと、彼女は慣れない仕事に必死で、余計なことを考えているような雰囲気はなかった。時々、昨日とは違う作業が入って、それを説明する程度は話していたが、都度、彼女は真剣に聞き入って必死な瞳をしていた。その、仔犬のような純粋な瞳が無性に愛しかった。
 ふと、錯覚してしまいそうになった。

 ずっと、二人でこうやって店をやってきたような。
 すっと、こうしてやっていけるような。
 それは、とても甘い幻想だった。

 時間が経つとますますその錯覚は現実味を帯びてきて、俺はあまりの違和感のなさに、苦笑するしかなくなった。

「さらちゃん、こうして一緒に仕事してると、夫婦経営の店みたいだね。」

 思わず、そんなことを言ってしまう。驚いた顔をされるかと思ったが、笑って振り返ると、彼女は真っ赤になって立ち尽くしていた。

 え?と俺も一瞬手が止まってしまう。
 そこで、軽く受け流してもらえないと、なんだか言い出した俺が恥ずかしくなってしまった。

「…あ、ごめん。なんかバカなこと口走っちゃったね。」

 俺は、何気ない風を装って仕事に戻った振りをする。

 さらが、何か小さな声で言った気がしたが、中華なべのじゅうじゅう言う大きな音で掻き消されてよく聞こえなかった。なんだか、聞き直すのもはばかられて俺は気付かない振りを決め込んでしまう。

「今日は、遅くなっても大丈夫? なかなかお客さんが切れなくてさ。」

 スパゲティと彼女がセットしてくれたサラダを店に運ぶとき、俺はふと聞いてみる。昨日の今日で、本当は遅くなる前に帰すべきなんだろうけど、正直、手伝ってもらえるのがとてもありがたかったのだ。

「大丈夫です。」

 赤い顔をしてさらは頷いた。熱気が立ち込める厨房で、二人とも汗だくだった。
 ようやくラスト・オーダーを作り終えて、俺は大きく息をつく。

「ありがとう、さらちゃん。本当に助かった。アルバイト代払うよ。」
「えっ? …そんな、要りません。」

 さらは、目を見開いて首を振る。

「じゃあ、何かお礼させて?」
「…良いんです。私も楽しかったです。」

 片付けに入った彼女の後ろ姿を見つめ、俺は遂に言ってしまった。

「ウチに寄って夕飯一緒に食べる? 何かおいしいもの、作ってあげるよ。」

 さらは、その言葉に動きが止まった。そして、横顔のまま、しばらく俺の方を見なかった。明らかに狼狽していて、迷っているのが分かった。つまり、その意味を分かっているんだろう、と俺は思った。彼女の返事を待つ時間は奇妙に長く感じられた。それでも、俺は何故か、彼女が断りはしないはずだ、という妙な自信があった。いや、本当は内心ずっとどきどきしていた。

「…はい。」

 さらは、最後まで俺を見ずに頷いた。




<さら>

 マスターのそばにいるだけで、今日はずっとドキドキしっぱなしだった。
 昨日は必死でそれどころじゃなかったけど、今日はマスターの横顔すら恥ずかしくて見られなかった。

 マスターは淡々と作業をして、次々に料理を作って、仕上げて店に運んでいく。そして、お客さんと会話をして戻ってくる。
 私も補助的な作業、皿を並べたり、サラダを盛り付けたりを少しは手伝った。そんなとき、マスターの手が触れそうに近くて、私は頭がぼうっと熱くなる。

 時々、マスターの視線を感じて、何か、間違ったことしてる? と不安になったりしたが、慌てて振り向くと、マスターのどこか優しい瞳に出会ってどぎまぎしてしまう。どうして、そんなに優しい目をするんだろう? そんな風に見つめられたら、私は、勘違いしてしまいそうになる。

「こうして一緒に仕事してると、夫婦経営の店みたいだね。」

 すると、マスターはなんてことないように、そんなことを言って笑った。私は、自分の思いを見透かされたような気がして、かああっと頬が熱くなったのか分かった。

「あ、ごめん。なんかバカなこと口走っちゃったね。」

 マスターはにこにこと言い、また、忙しそうに手先を動かす。
 ど…っ、どうしよう? 何か言わないと変に思われちゃう。

「あ…あの、こ…光栄です。」

 あまりに焦って私はそんなことを口の中でぼそぼそと言ってしまい、更にどうして良いか分からなくなってしまった。

 マスターは急がしそうで、以来、あまり話しかけてくれなくなってしまった。
 変な子だと思われて、嫌われちゃったのかな…?
 心配になる。なんだか、そんなことを考えるとちょっと泣きそうになった。

 もう、帰って良いよ、と言われなかったことだけで私は辛うじて希望をつないでいた。戦争のようだった調理を最後まで終えて、マスターはにこっと屈託ない笑みを見せて汗を拭いた。

「ありがとう、さらちゃん。本当に助かった。アルバイト代払うよ。」

 思いもかけない言葉を聞いて、私は、軽いショックを受けた。
 あ、そうか…。私のしていたことは、アルバイトに過ぎないんだ。

 なんだかとても悲しくなって、私は首を振った。

「え…っ? そんな、要りません。良いんです。私も楽しかったです。」

 私は、泣きそうになるのを堪えて片付けを始めた。なんだか、とても惨めだった。あのとき、私を助けてくれたのも、私が単に店の客だったからに過ぎなくて、手伝って欲しいと言ったのも、アルバイトとして、という意味だったんだと、今さら思い知らされた気分だった。

 バカだなあ…。
 涙が零れそうになって、慌てると、不意にマスターが言った。

「ウチに寄って夕飯一緒に食べる? 何かおいしいもの、作ってあげるよ。」

 一瞬、言われた意味がよく分からなかった。

 夕食、作ってあげる…という言葉に、私は、そんなに気を使わなくても良いよ、と断ろうとして…。
 え? と思った。
 ここで、何か作ってあげる、というのなら分かる。
 でも、マスターは‘ウチ’に寄って…と言った? それって、え? 部屋に呼ばれたってこと?
 ずいぶん前の会話が鮮やかに蘇る。

 …えっ???
 今、本当に、そう言った?

 だけど、その顔を見ることが出来ずに、私は固まったままだった。マスターはそれ以上何も言わず私の返事を待っている気配が伝わってきた。

 え…? 本当に?
 私はうろたえた。
 ど…どうしよう?

 どうしよう、と言葉では思っていたのに、だけど、答えは決まっていた。Noの返事などある筈がない。
 私は、頷いた。
 



☆☆☆

 シャワーを浴びながら、さらは思わず先ほどのことを反芻する。
 足を大きく開いて慶一にあんなところを見られて、そして・・・。
 あられもない姿で悶えている自分を想像すると、さらは耳の付け根まで熱を感じてしまう。

 そして、男と女が、あんな風に深くぴったりと繋がりあうものなのだと彼女は初めて知った。身体の奥まで彼を感じた。熱い、炎の塊のような激しいものを。
 身体の奥がまだひりひりと疼くように痛む。
 処女を失う破瓜の痛み。

 そうか。もう、私は処女じゃないんだ…。
 それが、その相手がマスターだったのなら良い。
 そんなことを思う自分がたまらなく恥ずかしかった。その現実を信じられなかった。
 シャワーを浴び終えても、さらはそこから出られなかった。

「…ど、どうしよう?」

 そうっと扉を開けて、脱衣用のワゴンの上に慶一が置いてくれたらしいバスタオルを目にする。扉の隙間から手を伸ばして、さらはそれを取った。そして、慌ててバスタオルで全身を包み、そのまま固まってしまった。

 シャワーを終えた気配がするのに、なかなか出てこないさらを、だけど慶一は声をかけずにしばらく待っていた。先程のさらの様子に、彼女がかなり動揺しているのが分かっていた。

 それでなくても、さらはまだ子どもだ。初めてのセックスのあと、きっと、どうして良いのか、どんな顔をして良いのか、本当に分からないのだろう。

 ようやく、決死の覚悟を決めて出て来たらしいさらに、慶一は努めてさり気なく、飲み物を勧めた。

「さらちゃん、コーヒー淹れておいたから、そこで飲んで。」

 テーブルの上のカップを見つけて、さらはバスタオルを身体に巻いたまま、こくこくと頷く。慶一は彼女にガウンを着せ掛けながらそのままシャワーを浴びにバスルームへと消えた。


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~ Comment ~


この分野は

今どきの若い女の子っていうのは……
とは、大人たちはよく言いますよね。

エンコーなんかやる子もいるし。
コミュニケーションだと思ってる子もいるのでしょうし。
そんなの運動みたいなものだと思ってる子もいるのでしょうし。
メンドーだからいや、って子もいるのでしょうし。

個人差の大きい分野なのでしょうねぇ。
正直に言わない場合も多い分野でもありましょうし。

さらちゃんみたいな子もやはりいるでしょうね。
このタイプに弱い男性ももちろん、いるでしょうね。
こればっかりは個人の趣味の問題ですねぇ。

私はこの分野に関しては、いろんなタイプの男女を書いてきたなあ、とそんなことを考えてしまいました。
感想になってなくてすみません。
#1324[2012/01/15 09:58]  あかね  URL 

Re: この分野は

あかねさん、

はいはい。そうですね~
ちょうどあかねさん宅で、乾くんの恋バナをちょっくら聞いてきたので、思わず頷きました。
あかねさんは恋の物語が上手いです。
すごくいろんなタイプの恋愛模様を描かれていて、ものすごくリアリティがあって、ああ、分かるわ~と思います。
その点、fateの男女はタイプがかっちり決まっているので、決まった形、つまり偏った偏愛…とでもいうのか?そういうものしか生まれません。
語りたいのは恋愛じゃないからだろうけど、もう少しバリエーション持とうぜ(--; という気がなきにしもあらず。
見習わせていただきたいです、ほんとに!

> さらちゃんみたいな子もやはりいるでしょうね。
> このタイプに弱い男性ももちろん、いるでしょうね。
> こればっかりは個人の趣味の問題ですねぇ。

↑↑↑さらちゃんタイプ、多いです、fate worldでは。描き易いんです、ぐだぐだと三角関係にならないので。女の執念とか怨念的なものを抱くドロドロ感はダメです。疲れます。結局、途中リタイアしてしまいます。それじゃ、物語にならね~っつうのっ! ってなモンです(^^;

あかねさん宅でも、あんまり三角関係ってお見かけしませんね、そういえば。
そういうのが好きな人もいるから、別に良いんだけど、fateとは関わりないとこで勝手にやってね、ですな~


#1328[2012/01/15 19:05]  fate  URL 

恋バナ!

↑のコメみてて、そうか~と思ってしまった。
私は恋愛分野めちゃくちゃ苦手でございますハイ。
でも、興味の高い分野なんでしょうねー。
私が書くと、元気な女の子とちょっと頼りなげな男の子というカップルになってしまいそうです。
というか、そういうの今書きかけてたりします。
恋バナもそのうち修行せねばー!

昨日のコメ、取り乱しててすみませんでした(--;
これはこれで完結して読めるらしいので安心しました^^
#1694[2012/02/22 12:08]  あび  URL 

Re: 恋バナ!

あびさん、

fateも今更ですが、正当なラブストーリィって実は描けないんじゃ…と愕然としておるのだす。
男はけっこう粘着質? …なのか? のいい加減にしろよ、テメェっ!!! ってバカが多かったり、かと思うと人間か? みたいに淡白な輩とか。
フツーの人間はいないみたいです…

> 私が書くと、元気な女の子とちょっと頼りなげな男の子というカップルになってしまいそうです。
> というか、そういうの今書きかけてたりします。

↑↑↑おおお、そういうタイプは想像できるけど描けない。ので、楽しみにしております(^^)

> 恋バナもそのうち修行せねばー!

↑↑↑はい、これは、fateにとっても命題っす(--;

> 昨日のコメ、取り乱しててすみませんでした(--;
> これはこれで完結して読めるらしいので安心しました^^

↑↑↑いえいえいえいえ。
なんか、すんげ~、可愛かったです。ははははは。
ええ、これはこのままでも良くね? って思うんですが、ちょっとさらちゃんの過去に触れたくて。
その内、upしたいのですが、また例に寄って、背景を壮大にしてしまって、花籠的に苦しんでおります。
あああ、バカだ…

ちなみに、花籠4は、27日に最終話です。その後、少し外伝が入ります。

#1697[2012/02/22 15:01]  fate  URL 














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