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Stories of fate


陰影 1(R-18)

陰影 第一部 (ほの明かり) 10

<慶一>

 その土曜日、いつもの通り店を開け、いつもの通り開店準備を始めていた…つもりの俺だったが、実はずっと心はソワソワと落ち着かなかった。

 確かに今までも、恋の始まりはそんな感じだったかも知れない。だけど、今まではどちらかというと女の子の方が積極的で、俺が特に何もしなくても付き合いだして関係は深まり、馴れ合いすぎるのか…いつの間にかすれ違って終わる…というパターンだった。

 今度は、どうしてか、俺はさらに対して、異様なほど執着しているような気がする。

 午前中はいつもコーヒーや紅茶などの飲料がメインで、一服しに来た…という客が多い。女性には仕入れたケーキやクッキーを添えてのセット程度で、手のかかるものはほとんどない。出来れば、そのセットにする甘味もハーブを使ったり、甘さを調整したりして手作りしたいところだが、そこまでは手がまわらない。

「マスター、ここのところ、なんだか浮かれてないかい?さては恋してるだろう?」

 いつも朝一番に濃い目のコーヒーを飲みにくる近所の治療院の若い…と言っても40代くらいの先生が、カウンター席でにこにこしている。彼は鍼灸師という鍼や艾を使って施術をする治療師だ。

「マッサージはやらないの?」

 といつか何の気なしに聞いたことがある。鍼や灸に対する無知のせいで、俺はそういう治療にどうも抵抗があったのだ。

「うん、そうやって指圧やマッサージも取り入れてやってる先生も多いけどね、私は鍼と灸しか使わない。なんていうのか…私がやっているのは‘治療’であって、‘リラクゼーション’や‘癒し’ではないからね。そういうのを求める人も多いから、癒しも必要なんだろうけど、癒しが欲しい人はそういう治療院に行けば良いのであって、私は本気で病と向き合って、病を治したい人に対してのみの治療だから。」

 いつも穏やかな彼は、俺の失礼な質問に淡々と答えてくれた。

 そこに俺は彼の‘治療師’としての真摯な姿勢を見た気がした。揺るぎのない信念、そして、憧れを目指して頂を見上げる鋭い眼差し。

 俺も、とことん極めていきたい道を改めて思い出した。彼の静かな瞳にはっとさせられた。
 そうか、では、俺は俺のやり方でこの世の中に‘癒し’を提供していこう。そこで手に負えないものは彼が治してくれる。

 なんだか、そんな風に底でつながった気がした。

「人は人と関わらないと生きていけない。それに楽しみや悦びを感じて、共に幸せになれる関係は、良いね。」

 彼は、一人で納得してにこにこしていた。
 普段、もっと軽口をたたく彼だったが、そのときはなんだか本気で喜んでくれているようで、俺は嬉しかった。
 それで、俺は否定も肯定もせず、ただ笑い返すしかない。

 う~ん、そんな崇高なものじゃなくて、俺が今考えているのは単なるスケベ心かも知れない…と心で苦笑しながら。

「先生はご結婚されてるんでしたっけ?」
「私?うん、ご結婚されてますよ。子どもはいないけど。」

 おどけて彼は答えた。

「奥様は…やはり同じご職業で?」
「いや、彼女は看護師です。個人病院のたった一人の看護師だから、受け付けから医療補助から患者さんのカウンセリングから…本当に何でも屋さんだね。」
「医療一家ですね。」

 そうだね、と彼は笑った。

「それだけ、私も彼女も欠損が大きくて、そういう命や病気の現場にいないと気が狂ってしまうってことかな。」
「…は?」

 怪訝そうに首を傾げた俺に、彼はいつになく真面目に語ってくれた。
 人の才能とは、突出しているものではなくて『欠損』のことなのだ、と。

 ヒトは、生まれ持ったその欠損を埋めるべく、生涯を費やし、その道を極めようと決して手に入れて安堵することのないものを、焦がれて焦がれて尽くすしかないのだ、と。

 求めるが故にその虜になり、奴隷になり、血を吐いても、這いつくばっても進み続けるしかない欠損。それをしないと死んでしまうような切実なもの。それが生きることそのものになるような深い闇。魂の深遠に、しんと冷えた命令が静かに、だけど一秒も休むことなくくだされている。自我がそれに逆らうことなんてできない。

 だから、天才と狂気は紙一重なのだ。
 そして、芸術家やあらゆるジャンルのプロフェッショナルは、そうまでしてつきつめて死んでしまうからこそ、魂に触れる何か光るもの、ぞっとするのものを遺すことができるのだろう。誰もが本当は無意識の中に抱いている生臭く温かく、胎内・子宮の中の闇に溶ける混沌への恐怖を喚起させるものとして。

 それに触れることがほっとする優しいものだけではないことを百も承知で。
 それでも、埋めなければならない欠損。

 『欠損』は、神様が与えたプレゼントなのかもしれない。魂を磨くために。一段上に登るために。
 彼は、そんなことを熱く、しかし淡々と語って、ごちそうさま、と回数券を置いて静かに店を出て行った。
 欠損。
 俺の心にはそれがいつまでも響いて残った。
 さらは、そういうものに通じる何かを俺に与えてくれる存在なのかも知れない、ふとそんな風に感じた。




<さら>

 どうしよう?
 部屋に戻って、私は、やっとゆっくりとその日を反芻し、その信じられない事態を認識する。

 どうしよう?
 マスターがあんな風に優しく笑ってくれたりしたら、あんな風に優しくしてくれたりしたら、…怖い。
 怖いのは、今、幸せだと感じること。
 いつか消えてしまうその残像、残り香。

 知らない間はなんとも思わなかったのに、知ってしまったらもう引き返せない。もっともっと欲しくなる。人間とはなんと欲深いものだろう?欲には何故、際限がないのだろう?

 表にお客さんがいたとしても、マスターと一緒に、まるで普通のことみたいに時間を過ごしてしまったなんて。ほんの少しでも話が出来て、ここまで送ってもらったなんて。

 それを切望している女の子たちが学内に沢山いることを知っていた。
 ほんのちょっとでも彼に近づきたいと祈っている綺麗な子たちが。

 その子たちの妬みや嫌がらせが…、そう、今日みたいなことが怖くないと言ったら嘘になる。きっと、こんなことを知られたらもっとひどいことになるのは明白だった。

 だけど、もっと強い感情の波があって、もっと熱くて抗えない、痛いような想いが渦巻く。
 マスターと、一緒にいたい。

 ほんのちょっとでも二人で話をして、ほんのちょっとずつでも彼のことをもっと知りたい。何を考えて、何が好きで、何を楽しいと感じるのか。そして、悲しいことも辛いことも分かち合いたい。

 マスターが私を、本当はどう思っているのかは分からない。
 だけど、どう思っていても良い。ただ、その優しさにすがりつきたくなってしまう。そばに置いてくれるなら、それで良い。




☆☆☆

「さらちゃん…?」

 あまりのことに、さらは半分放心状態だった。

「俺が分かる?」

 覗きこまれて、さらはただ恥ずかしくてその視線を受け留めきれない。身体が勝手に反応していく感覚がまだ奥に熱としてほんのり残っていた。

「今度は、ちょっと痛いけど、良い?」
「…え?」

 さらは、ぐったりと言うことをきかない身体で虚ろに慶一を見上げる。
 慶一はそっとその唇をふさいで、ゆっくりと深く舌を絡める。

「…んんっ」

 背中にまわした手にぎゅっと力をこめて慶一はさらの細い身体を抱きしめる。まだ熱の残っていた身体が更に熱い慶一の胸に抱かれて、さらは再び奥の熱が疼くような気がした。

「このまま力を抜いていてね。」

 慶一の目は優しかった。それで、さらは何も分からないまま、黙ってされるがままだった。慶一がさらの足を軽く持ち上げ、そして、不意に何か固い異物が足の間に触れたのを感じた。

「え…?あ、あっ」

 熱いものが身体の中にゆっくりと侵入してくる。さらは怯えて声をあげる。

「やぁあっ」
「痛い?」

 慶一は一旦動きを止めてさらの目を覗きこむ。

「あ…あ、あの…」

 恐怖に見開かれたさらの瞳をじっと見つめて、慶一は静かに言う。

「大丈夫、少し我慢して。」

 そして、少しずつ彼はさらの中へと進む。押し広げられるような、こすられるような異物感。軽い痛み。さらは思わず息を止め、目を閉じた。熱い鈍い痛みが身体の奥にじわじわと進む。さらはシーツの端をぎゅううっと掴んで堪える。

「痛い?」

 さらはもう答えるどころではなかった。
 慶一はさらの腰を抱いて胸を吸う。

「あっ…あ、ああっ」

 突然の刺激に背中がのけぞる。その途端、彼はぐい、と更に奥へ進み、二人の身体がぴったりと合わさったことを感じた。

 しばらく、慶一はそのまま動かずに、さらの身体をゆっくりと愛撫していた。胸を両手で包み込んでその先端を舌先で転がし、ゆっくりと持ち上げては押し潰した。

「きゃっ…ああぁっ…あ…ぁぁぁっ」

 彼が動く度に、さらの中に在る彼も蠢き、心なしか質量を増しているように感じられる。身体の中が熱く、触れられる胸は更に敏感になって背中がはねた。

 胸の刺激に意識が集中している間に、ゆっくりと下半身が熱くなってくることをさらは突然感じる。

「あっ…」
「ちょっと我慢してね。」

 慶一はさらの腰を抱きしめていた手を離し、身体を起こした。そして、ゆっくりと少しずつ揺れ幅を大きくしながら腰を動かし始めた。

 熱い。痛い。その強烈な刺激にさらは悲鳴に近い声をかすかにあげる。
 だけど、痛い、なんて言えない。

 慶一の動きが激しくなるにつれて、リアルに感じていた異物感のようなものがなくなっていく。そして、痛みの奥から何か身体の奥が震えるような官能がせり上がってくる気がして、さらは混乱した。

「んっ…んっ…」

 次第に声が漏れてくる。そして、激しくさらの中を突いていた慶一が、不意に彼女の中から出て行き、そして、彼はそのままさらのお腹の上に白く熱い液を吐き出した。はっ、はっ、と息を乱していた慶一は、それを終えると少し照れたように、ごめん、と言って、茫然としているさらのお腹の上をタオルで綺麗に拭き取る。

「気持ち良かったよ、さらちゃん。」

 そして、慶一はまだ虚ろな状態のさらを抱き寄せてぎゅっとその腕に抱きしめた。


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~ Comment ~


欠損

今回はまた、ものすごく深いですよね。
鍼灸師の先生のお言葉がしみました。

芸術家っていうのはたしかにそんなところがあるのでしょうね。
淡々と、あるいは激情ほどの情熱で絵や文学作品や写真や織物や音楽や……いろんないろんなものを創り上げて、そして力尽きる。自分の中の「欠損」を埋めようとして……ふーむ、なるほど。

人間はきっとなにかしら憧れを持って生きているもの。
人によって憧れの対象はさまざまでしょうけど、私はもっとも「芸術」に惹かれます。

それゆえに、今回のfateさんの記述にもとても惹かれました。
さらちゃんと慶一さんの魂が引かれ合っているのも、そのあたりに起因しているのでしょうか。
#1299[2012/01/13 11:47]  あかね  URL 

Re: 欠損

あかねさん、

> 今回はまた、ものすごく深いですよね。
> 鍼灸師の先生のお言葉がしみました。

↑↑↑おおお、ここに食いついてくれて嬉しいです(^^)
これは、いつかどこかで読んだ本からの受け売りです。何の本だったか忘れましたが…
最近、本としては物語はほとんど読みません。伊坂くらいですかね。
で、他に何の本を? というと、とにかく作品の資料になりそうなもの。つまり物語以外なら何でも、です。
ドキュメンタリーの手記とか、経済学の本とか、宗教関連とか。
で、その中のどっかに書いてあったと思います。
そして、それを知った途端、確かにその通りだと愕然としました。
才能って、あっただけ苦しいモノなんだと。
fateはそんな大きなものがなくて良かったわ~

> さらちゃんと慶一さんの魂が引かれ合っているのも、そのあたりに起因しているのでしょうか。

↑↑↑思わせぶりなことを語っているクセに、実はそんな深いことではなかったりします。
はははは。
第二部で真相? ってほどのことでもないですが、明らかになります。(まだ、描いてないけどな(--;)

#1306[2012/01/14 09:29]  fate  URL 

シェル・シルヴァスタインの「The Missing Piece」を彷彿とさせました。私の好きな絵本です。自分の欠けたところを埋めるぴったりな欠片を探すという物語です。
鍼の先生のお話何度も読み返しました^^
「本当の自分であれ」ってことですよね。
自分の求めるところを知り、天命に従った生き方をしなさいと。それが天が与えたミッションだとね。
誰にも、fateさんにも私にもミッションがあります。
そろそろ、そんな話を書かなきゃいけないなぁ~w
これ「ミミ」のテーマだったりします^^
#1671[2012/02/20 11:50]  あび  URL 

あびさまへ

あびさん、

> シェル・シルヴァスタインの「The Missing Piece」を彷彿とさせました。私の好きな絵本です。自分の欠けたところを埋めるぴったりな欠片を探すという物語です。

↑↑↑おおおおっ、知ってます、知ってます。
「ぼくを探しに」っていう日本語題のやつでしたよね。その後、カケラが相方(というのか?)を探しに出かけるバージョンもありましたよね。あれは、単純だけど、ものすごく深いstoryでした。
ああいうのが、『絵本』『童話』と思います。
ああ、だから、あびさんworldはいつも感銘を受けるんだ…と納得。

> 鍼の先生のお話何度も読み返しました^^
> 「本当の自分であれ」ってことですよね。

↑↑↑何故か、誰かに語らせたかったんですな。
仕事って、何でもそういうモンだろうと思うので。
おおお、ここに注目していただいて、非常に嬉しいっす(^^)

> これ「ミミ」のテーマだったりします^^

↑↑↑はい、分かる気がします。
すごい、ミミちゃんも深いですから!
#1677[2012/02/21 08:08]  fate  URL 














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