FC2ブログ

Stories of fate


陰影 1(R-18)

陰影 第一部 (事件) 7

<慶一>

 土曜日…、などと誘ってはみたものの、他の子に知れたらマズイよなぁ…と俺は我に返る。何しろ、アパートはすぐ裏で、俺がそこに住んでいることは何故か知れ渡っているようなのだ。さすがに、いきなり訪ねてきたりする子はいなかったが、遊びに行きたいとはよく言われる。

 こういう商売は、芸能人のようなものだ。
 客商売だってことで誰にでも愛想の良い人格に磨きがかかってしまっているだけで、俺は別段頭が良いわけでも、体力に自信があるわけでも、特別ルックスに気を使っているわけでもない。

 それが、‘恋’をしたい世代の集まりの中にたまたま妙齢で存在してしまっているから、ある種、錯覚的な擬似恋愛が起こっているに過ぎないのだ。いわゆる恋に恋している、そして、傍目に人気者に見えるから、ライバルが多いことに燃える子たちが、その気になっているだけだ。その証拠に、いつか、本当の恋をして、その恋愛相談を持ちかけられることも少なくない。

 しかし、ストレスの多い現代の学生達。
 どこかでガス抜きも必要だろうし、夢をみせてやることも役目かな? と思う。卒業して、仕事に、そして本当の恋にのめり込むまでのつかの間の時間を。

 それでも、アイドルが今や普通に恋愛して結婚して、更にパパ・ママになっているご時世。俺だって、本当に好きな子を手に入れても文句を言われる筋合いはない…と思うのだが。

 まあ、その子が、良ければ…という最もな大前提はあるのだが。
 なんだか、そんなことを思ってぐずぐずしているとき、事件は起こった。




<さら>

 土曜日、一緒にマスターのところへ行かない?スープの作り方、教えてくれるんだって。と、薫を誘おうと思って、その日、私は薫の所属するサークルが使っている部屋を訪ねた。直前の講義が、別々だったので、私は薫がどこにいるのか知らなかったのだ。

「あの…薫は?」

 そこには薫の姿はなく、数人の男女が床に座って何か作業をしながら笑っていた。

「薫?…今日はまだ来てないけど。」

 一人の男がそう言って、その声にそこにいた全員の視線が一斉に私に注がれた。その中には見知った顔もあった。そう、マスターの喫茶店でたまに会う女の子たちだ。

「あ、この子、さらって子でしょ? 薫にくっついてる金魚のフンみたいな。」
「この頃、よく店に来るよね、一人でさ。」

 なんとなく、空気の色がさっと変わったのを感じて、ぞっとした私は何も言わずにその場から駆け出した。薫が普段一緒にいる他のメンバーが誰もいなくて、私は立ち入るべきではなかった場所へ誤って踏み入ってしまったことを知った。

 それ以降、一人で帰るとき、そのときにいた男が近づいてくるようになった。皆からは‘レイ’と呼ばれている。本名は知らない。

「さらちゃん、一人なの? 僕も方向同じだから一緒に帰らない?」

 その馴れ馴れしさに私は怯える。

「…い、いえ。」

 ほとんど声にならないまま、私は急いで断る。それでも、聞こえなかったように、レイは近づいてくるので、私は思わず身を翻して逃げる。そうすると、それ以上はしつこく追っては来ないのだが、レイは、私が一人でいるところを見つけると、必ず寄ってくるのだ。

 あのあと、あの数人の男女の中で私についてどんな会話が交わされたのかは知らない。ただ、あそこにいた女の子たちが、マスターの熱烈なファンだということだけは知っていた。

 薫に、同じサークルのメンバーのことを悪く言いたくなかったし、別に、実際彼女らが何をした、というわけでもない。それで、私は誰にも何も言えずにいた。




☆☆☆

「じゃ、俺はソファで寝るから…」

 と言い掛けて振り返り、慶一はぎょっとする。身体を半分起こし掛けて、恐る恐る彼を見ているさらの目からぽろぽろと涙が零れ落ちていたのだ。

「どうしたの?」

 唖然として慶一は動きが止まる。

「ごめんなさい…、ごめんなさい…。」

 さらは、ただ謝り続けている。しかし、何を謝っているのか、慶一には分からない。さらは、震えながら、泣きながら、ごめんなさいと繰り返していた。

 そのまるで幼い子どものような怯えた表情を見て、慶一はぽかんと目の前の少女を見下ろす。そばに寄ってそっとその細い肩を抱き寄せると、彼女はすがりつくように彼に身体を預けた。

 なんとなく茫然としながら、その髪をそっと撫で、慶一は遠い昔の記憶を反芻してみる。そして、ようやくほんの少し理解した。中高生の頃の恋愛を。

「さらちゃん、やらせなかったから俺が君を嫌いになると思ってるの?」

 慶一は笑いをこらえて、毛布ごとさらの身体を抱きしめる。

「そこまで勝手な生き物じゃないよ、さすがに。」

 そして、思う。
 そうか、この子は、表現がうまく出来ないだけで、本当はいろんな揺れを抱いていて、彼女自身ですらそれをうまく把握できていないのではないか?と。

「さらちゃん、俺のこと、嫌い?」

 慶一はちょっと意地悪な質問をする。さらは驚いて涙の浮かんだ瞳で慶一を見上げる。

「嫌い?」

 さらは、慌てて首を振る。

「じゃあ、好き?」

 その問いに、さらはかああっと赤くなった。

 ドキドキしたり、不安になったり、一気に幸せの絶頂に舞い上がったり。そんな感情の激しい揺れを、さらは今まで味わったことがなかった。しんとした悲しみと、漠然とした不安と、いつも怯えて震えていただけだった彼女の心を、こんな風に捕えた男は、今まで一人もいなかった。

 きっと好きで、大好きで、だからこそ、こんなに何もかもが怖いのだ。


関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 紺碧の蒼
もくじ  3kaku_s_L.png 真紅の闇
もくじ  3kaku_s_L.png 黄泉の肖像
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 2
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 3
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 4
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 外伝集
もくじ  3kaku_s_L.png 蒼い月
もくじ  3kaku_s_L.png 永遠の刹那
もくじ  3kaku_s_L.png Sunset syndrome
もくじ  3kaku_s_L.png 陰影 2
もくじ  3kaku_s_L.png Horizon(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png Sacrifice(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png 閑話休題
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←陰影 第一部 (初夏) 6    →陰影 第一部 (事件) 8
*Edit TB(0) | CO(0)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←陰影 第一部 (初夏) 6    →陰影 第一部 (事件) 8