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Stories of fate


陰影 1(R-18)

陰影 第一部 (4月) 3

<慶一>

 出勤途中にほんの一瞬目を見交わしただけなのに、俺は、彼女のことが忘れられなかった。

 あの子をこの腕に抱きしめる妄想をする。その細い身体を強く抱きしめてもう離したくない、と。そして、その小さな朱色の唇の柔らかさに触れたい。可愛い舌を貪りたい。そして、一つに溶け合いたいと。

 何故、会ったばかりのあの子を、そんな風に愛しく思うのか、分からない。
 今までそんな風に出会った女性はいなかった。

 9時くらいから店は開けているが、本格的に客が入りだすのはお昼前からだ。ここでは、軽食として母が日替わり定食とオムライスとサラダ各種、それにパスタなどを出していたのだ。それを目当てで学生や近くの企業の従業員などがやってくる。

 料理が何故か得意だった俺も、それを引き継いでいる。
 いずれ、母の喫茶店は手伝う予定ではいたし、その後、俺も調理師の免許は取得した。

 コーヒーや紅茶を淹れながら、甘味やフルーツを盛り付けながら、そして、ランチタイムには軽食を調理しながら、俺はあの子のことを想う。

 特別、目だった容姿をしているわけではない。華やかな空気を持っているわけでもない。ただ、小さなその顔の作りと大きな綺麗な目がいつまでも心に浮かぶ。所在無げに視線を彷徨わせた心細そうな仕草が、真っ直ぐに前を見据えて歩き出そうとしている瞳の光が、無性に愛しかった。そのオーラがとても眩しい気がした。

 彼女を呼んだ友人は、内側から芳香がほとばしるような強い輝きを放っていた。堂々として、潔い瞳をしていた。なんだか対照的な二人だと俺は感じたのだ。

 そして、数日後、思いがけなく、あの子が俺の喫茶店に来てくれた。
 不意打ちで、俺は、ただ驚くしか出来なかった。

 二人とも、礼儀正しい良いお嬢さんで、その場の空気もなんだかとても清らかに感じられた。女子大生や女子高校生などが入ってくると、外の喧騒をそもまま持ち込んで場の空気を乱すことはよくあるが、彼女たちはそんなことはしなかった。静かに食事を楽しみ、俺の丁寧に淹れたコーヒーを味わい、楽しそうに出て行った。

 どんなに仕事に集中しようとしても、あの子が目の前にいると思うと、どうしても視線はそこへ向かってしまう。いつまででも見ていたい。震える鈴のようなその声を聞いていたい。

 目の前のあの子に触りたくてどうしようもなかった。

 声を掛けたくて、連絡先を聞きたくて、何度もそのタイミングを探したが、結局そんな機会は訪れることはなく、二人は帰って行ってしまった。

 だけど、二人の何気ない会話の端々から、やはり短大の子だと知った。それならばまたいずれ会えるだろう。恐らく、毎日この道を通ることになるだろうから。

 俺は、どうしてか、彼女…さらが、どうしても欲しかった。
 あの子のことを想うだけで、その姿を幻に見るだけで、どうしようもなく欲情してしまう。抑えられなくて、彼女をめちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られる。

 一体何が俺をそんな風に駆り立てるのか…?
 いつか遠い昔、本当にどこかで会ったことがあるのかもしれない。




<さら>

 その日、幼なじみの薫と一緒に、私はアパートから短大への一本道の脇にある小さな喫茶店に寄った。ここの学生がよく利用しているそうだ。昼食や夕食がけっこう安価でおいしいと評判だという。

 カラン、と扉の上のカウベルが心地良く鳴り、中はちょっと照明を落として落ち着いた雰囲気の新しい店だった。マスターがすごくカッコいいと、女子学生には人気だという。

 私は、人気者は昔から苦手だ。薫といると、男性は誰でも私の存在など忘れてしまう。常に注目の的は彼女で、薫を一目見ると大抵誰でも一瞬、見とれる。私は、別にモテたいわけじゃなくて、私がそこにいるのかいないのか自分で曖昧になる瞬間が悲しいだけだ。

 そして、そういう、自分がモテることを知っている男は、例外なく薫に興味を抱く。一生懸命話しかけ、興味を引こうとする。自分がモテる男である証明のように、薫が自分に振り向いてくれることを夢見るらしい。薫は、だけど、そういう男共には興味を示さない。そして、更に言えば、彼女は自分がモテることをまったく自覚していない。

 薫の彼氏は、付き合いだしたのは高校に入ってからだが、実は、親同士が友人で、長年家族ぐるみで付き合ってきたこれもまた幼なじみのようなものだ。家が遠いので、頻繁には会えないが、今回ここにアパートを借りたお陰で少しは近くなったそうだ。

 いわば、初めっから双方の親同士の公認のようなものだ。

 薫は、そういうものしか信じない。男の上辺だけの褒め言葉や歯の浮くような甘い台詞に惑わされたりはしないのだ。そういう薫の綺麗な心を、私は尊敬する。会ったことはほんの数回しかないが、薫の彼氏も、とても綺麗な目をした青年だった。見た目はそれほど良い男ではないが、人好きのする顔立ち、優しげな面差しをしている。一緒にいて薫がくつろげることが、とてもよく分かる。

 その喫茶店は席数がそんなに多くなく、テーブル席が数個とカウンターに椅子がいくつか並んでいるだけで、もうテーブル席はいっぱいだったし、カウンターも辛うじて両端が一つずつ空いているだけだった。私たちがどうしよう?と目で話し合っていると、心得たもので、カウンターの客は、すっと席を移って私たちが並んで座れるように空けてくれた。

「ありがとうございます。」

 薫は微笑み、私は頭を下げた。

 今日は、まだ本格的な講義が始まっていなかったので、私たちはいろんな手続きだけしてお昼前には帰宅するところだったので、そこでお昼ご飯を、と思っていたのだ。

 いらっしゃい、と奥からディッシュを抱えて出てきたマスターは、私を見て、…そう、明かに薫ではなく私を見て、一瞬、目を見開いた。そして、その表情を見て私も思い出した。今朝、私を見つめていた男の人だ、と。

 彼は、おいしそうなソースのかかったパスタを二つ、テーブル席に運んでいった。
 薫はもう席に座り、メニューを熱心に見つめている。

 マスターは、帰りに私の脇を通り抜けるときには、もう営業スマイルだったので、私は、さっきのは気のせいかな、と思う。だって、どう見ても知っている人ではなかったし、私は自分の容姿がそれほど目立たないことを知っている。増して、薫といるとき、私は名前も顔も覚えてもらったためしはないのだから。

「さら、何、食べる?」

 薫に話しかけられ、私は慌ててメニューに視線を落とす。手作り感のある、色鉛筆で色彩を施したあったかいメニュー表だった。一人でやっているだけあって、品数は多くはなかった。

「日替わり…かな。」
「じゃ、私はオムライスとサラダにしよう。」

 薫は注文を待ってにこにこしているマスターに告げる。

「日替わり定食と、オムライス、サラダ付きで。あと、食後にコーヒー二つ。」
「かしこまりました。」

 メモを取って、彼は微笑んだ。そんなに年が変わらなそうに見えるのは、外見が日本人離れしているせいかしら?それとも、本当に若いのかな?私がそう思ってぼうっとマスターの後姿を見ていると、薫も同じことを考えたようだった。

「そういえば、先輩に聞いたんだけど、ここのマスターって、まだ25歳なんだって。」
「そうなの…。」

 私は頷く。どう見てもハーフっぽいのに、彼にはなんだか南国の太陽は合わないような気がした。それでも、笑顔も声の調子も爽やかで、確かに女の子受けはいいだろうな、と思えた。彼が目当てで連日通う子もいるらしい。私には関わりのないこと。だって、今日は特別だ。食事は自炊することに決めていたし、コーヒーを飲みにわざわざ店に入るような贅沢は出来ない。

 頼んだメニューは思ったよりも早く出てきた。
 ある程度の予測をして、下準備をしているのかな?と思った。

 そして、若い独身男の料理なんて正直あまり期待していなかったのに、かなり美味しくて、私も薫も、そうか、ここが流行っているのはマスター目当てなんじゃなくて、食事が本当に美味しいからなんだ、と納得した。隣の席の人はもうとっくに入れ替わっているし、テーブル席の子たちも、食べたら長居せずに席を立っていた。そして、間を空けずにすぐに席は埋まっていく。

 店の前に行列が出来たりはしないが、皆、だいたい様子を見て、空いていないときは無理に待たず、席がありそうだったら食べにやってきて満足して帰っていく、そういうこぢんまりとした良い感じの店だった。並びに、洋食屋が一軒とラーメン屋さんがあるから、その辺がうまい具合にお客を分け合っているようだった。

 良い通りだな、と私は少し嬉しくなった。
 家から大学までの道のりが、イヤな感じではないことが、ただ嬉しかった。

 ごちそうさまでした、とお金を払って出て行く。最後に、また、どうぞ、と笑ったマスターの笑顔に見送られて、私はどこか気持ちが良かった。あの笑顔を見たくて、女の子が通う気になるのも分かる気がする。

「あのマスター、噂通り良い男だったね。」

 薫はにこっと私を見た。

「ずいぶん、若いね。男の人がああいう仕事をするってなんか珍しいね。」
「武も、調理師なんか向いてそうだなぁ。何より、料理作ってくれる男って良いよね。武、あそこでバイトしないかなぁ。そうしたら、いつでも会えるのに。」

 武とは薫の恋人だ。彼の方が一つ年下なので、まだ高校生だ。一応大学進学を目指してはいるが、早く働きたいと言っているそうだ。

「そういえば、マスター、さらのこと気に入ったんじゃない?」
「…ええ???」
「だって、なんかこっち見てるな~、と思うと、さらのことをじっと見てたよ、優しい目で。」
「薫を見てたんでしょ。」
「違うよ。本当にさらのことを見つめてたのよ。」

 私は、ちょっと混乱した。

「どうしてかな…?」
「だから、さらのこと、気に入ったんじゃない?」
「まさか。」

 他人の空似? のように、誰かと似ているのかも知れない、と私は思った。似てる誰かを想っていたんだろう、と。私はとにかくモテる男性は苦手で、それだけで、なるべく近づきなくないのだ。要らぬ誤解をされて、三角関係のようなことに巻き込まれて、ひどい目に遭うのがオチだと分かっているから。




☆☆☆

「俺が、怖い?」

 さらは、慶一の胸に顔を伏せたまま、どうして良いのか分からない。今ならまだ引き返せそうな気がして、彼女はためらっていたのだ。
 慶一は不意にさらを抱き上げて、ベッドへ運ぶ。

「えっ…? あ、あのっ」

 慌てて慶一の首にしがみついたさらは、ふわりと毛布の上におろされ、そのまま腰を抱かれて逃げ場を失う。

「いやっ」

 反射的に両手で彼の肩を押し戻そうとさらはもがく。彼女の細い両腕を押さえて抵抗を封じることは簡単だ。しかし、慶一はもがく彼女を黙って見下ろしていた。このまま強引に抱こうと思えばそれは至極簡単なことだろう。しかも、涙を浮かべて抵抗を示すさらの怯えた顔は、恐ろしく欲情をそそった。


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛小説

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R-18を

今回はこちらにお邪魔してみました。
FC2小説に公開しておられた分ですよね?

そういえば、FC2小説のほうではレビューもしていただきまして、あちらでもお世話になっています。ありがとうございます。

で、FC2小説でちらっと読ませていただいたときには、fateさんのタッチとすこしちがう恋愛小説なのかな? と思っていましたが。

普通の恋愛小説でもないのでしょうか。
スリリングな幕開けに期待が高まっていきます。
☆マークの下部分はR-18ですねー。
#1249[2012/01/08 11:21]  あかね  URL 

Re: R-18を

あかねさん、

> 今回はこちらにお邪魔してみました。
> FC2小説に公開しておられた分ですよね?

↑↑↑ああ、これ。
はい、R指定部分以外をあちらに掲載しております。あちらはR指定作品はすべて引き上げたので。
これは、いろいろご意見いただき、なかなかfateも楽しかったです(^^)
これも‘2’を描いているのですが、完成に至らず。
まぁ、2は蛇足かも、という程度の内容です。

> そういえば、FC2小説のほうではレビューもしていただきまして、あちらでもお世話になっています。ありがとうございます。

↑↑↑実はあちらにはもうほとんど行ってないので(作品公開以外に)あれ以降はさっぱりなんです~(^^;

> で、FC2小説でちらっと読ませていただいたときには、fateさんのタッチとすこしちがう恋愛小説なのかな? と思っていましたが。
> 普通の恋愛小説でもないのでしょうか。

↑↑↑実はっ! はい、fateにしてはごく普通の恋愛モノを描いてみたいな~、という願望のもと、初挑戦でした。
いや、普通の恋愛になっているかどうかは疑問です(--;

#1255[2012/01/09 09:22]  fate  URL 














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