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Stories of fate


Sacrifice(R-18)

Sacrifice 26

 清水の主治医である安藤医師は、診療を中断して屋敷にやってきた。そこに智紀もちょうど帰宅してきて「お待ちしておりました」と医師を出迎えた篠田を一瞥し、彼は、医者の背中に声を掛けた。

「あれ?先生…。今日はどうしたんですか?」

 安藤は50代半ばの少し白髪の混じり始めた個人病院の院長だ。数年前から彼の息子が一緒に診療をしているので、彼は呼ばれればすぐにやってくる。現在では、病院は息子に任せ、彼は主に昔なじみの患者を往診をして歩いているそうだ。

「君が元気だということは、僕にも分からないなぁ。君のお母さまでも具合が悪いのかな?」

 安藤は笑う。まだ、彼は何も聞かされてはいなかったのだ。

「…誰に呼ばれたの?」

 智紀はふと不安になって聞く。先生が診る相手。それは羽那に間違いないと彼には分かった。

「僕が直接受けた訳じゃないから分からないけど、篠田さんじゃないのかな?」

 智紀を幼い頃から知っている安藤は、微笑んで彼を見つめ、そのまま二階へとあがっていく。階段の上には母がいた。

「先生、こちらです。」

 息子の姿には気付かなかったようで、彼女は安藤を羽那の部屋へと招き入れた。
 智紀はそのままそっと彼らの後を追い、羽那のベッドの前で母親が何かを小声で説明し、安藤が診察を始める様子を扉の隙間から見守る。

 安藤の低い声はよく聞き取れない。母親も声をひそめているので、何を話しているのかさっぱり分からない。しかし、安藤の横顔がかなり厳しいのを見て、智紀は心臓がどくん、と音を立てた。

「入院させた方が良いかも知れません。」

 その言葉だけがはっきりと聞こえた。

「イヤだ。羽那はどこへもやらない!」

 思わず声をあげて、智紀は中へ飛び込んだ。

「智紀…、帰ってたのですか?何ですか、挨拶もせずに。」

 夫人が驚いて振り返る。安藤は、特に驚きもせずに羽那の胸に聴診器を当てていた。白い肌に無数の紅い花。ここ数日は暴れることももがくこともせず、羽那はただされるがまま、智紀の腕に素直に抱かれたままだった。

 ほんの時折、切ない声をあげ、何かを訴えるような眼差しを向けるが、言葉にはならなかった。
 羽那が正気でいる時間が怖かった。帰りたい、と言われることを恐れていた。智紀は食事と排泄以外、彼女をほとんど離さなかったのだ。

「智紀くん、君はもう大人だ。だから、率直に言うよ。」

 やがて、聴診器を耳から外して、安藤は振り返った。

「僕の率直な意見だ。このお嬢さんは入院させた方が良い。一つ目の理由。衰弱が激しい。しばらく僕が傍で様子を見た方が安心出来る。二つ目…」
「イヤだ。」

 医師の言葉を遮って、智紀は言った。

「俺は、羽那をどこにもやらない。」

 彼の瞳には狂気の光が宿っていた。まだ少年の面影を宿した瞳に、激しい炎が揺れている。その炎はこの子を焼き尽くそうとしている、と安藤は思う。

「二つ目の理由は、君のその激しすぎる想いのためだ。物理的に離さないと、彼女は休めない。しばらく君から隔離したい。」
「そんなこと、許さないっ」

 智紀の瞳の炎は青く揺らめき燃え上がる。

「そんな権利は先生にはない!」

 安藤は激しい口調で迫る智紀の目を冷静に見返して、きっぱりと言い放つ。

「僕は君のお母さまに往診を頼まれた医師だ。僕は、入院させた方が良いと判断した。このお嬢さんの保護者は君のご両親であり、僕の診断を受け入れるかどうかはお母さま次第だ。」

 はっと振り返った智紀に、夫人は静かな瞳で告げた。

「先生にお任せします。ともかく、この家から今、死人を出すようなことは避けていただきます。」


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