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Stories of fate


花籠

花籠 (狂気の痕) 16

 尾方寛人(おがたひろと)。

 それが、あの少年の名前だった。彼は、気位が高く、高慢で扱い難い少年らしい。恐らく、異常な性癖も持っているものと思われる。被害者の女の子たちは、誰よりもその少年に対して恐怖を抱いていた。

 彼の異常性に気付いても、大抵の人間はそれを口にしない。尾方は、何らかの方法で他人の知られたくない秘密を探り、弱みを握るのが上手かったようだ。それも一種の才能であろう。花篭だったら、興味を示すだろうか。

 仕入れるべき情報は拾った。
 三人はまだここを離れる訳にはいかなくなり、同じホテルを手配する。スミレは途中で何度か携帯電話であちこちに電話をしていた。

 途中、明かにローズは具合が悪そうになってきた。顔色が益々青く、眼が虚ろになっている。いつもの発作だ、とスミレには分かっている。やはり、どう加減しようと死人の意識に波長を合わせるという行為は相応のダメージを食らうものなのだろう。

「そろそろ、ヤバイな。部屋に女を呼んである。お前はまっすぐ部屋へ帰れ。俺はチェリーボーイともう一部屋取ることにするよ。」
「…ダメだ。」
「何がダメだ。俺がこんなガキに手を出すとでも?…いや、心配なら部屋は二つ取っても良い。お前はとにかく早く部屋へ戻るんだ。」

 ホテルの駐車場に車を停め、ふらつくローズをスミレは支えて立たせる。

「ダメだ、この子を一人にすると…」
「だから、今夜一晩は俺が面倒みると言ってるだろ。心配するな。」

 奈緒は、二人の様子におろおろしている。二人の後ろを付いて歩きながら、彼女はローズの様子を一生懸命気に掛けていた。奈緒は、ローズの尋常ではない様子に初めて怖いと思ったのだ。今まで自分を気に掛けてくれた者が自分を見てくれなくなることを。

「チェリーボーイ、良いか?俺が戻ってくるまでここにいろ。動くんじゃないぞ?」

 ホテルのロビーに奈緒を置いて、スミレは、ローズを部屋まで連れて行った。部屋には、すでにスミレが手配した商売女が待機している筈だったのだ。
 しかし、何の手違いか、そこには空っぽの部屋があるだけだった。

「おい、どういうことだ?」

 ローズをベッドへ下ろし、スミレは慌てて先方に電話をする。しかし、通じない。呼び出し音が鳴り続けるだけだった。

「おいおいおい、ちょっと待てよ。」

 スミレは慌てた。ローズの今の様子では、もう、そんなに持たない。かなり切迫した状態だ。今回の被害者の怨念は‘後悔’と‘懺悔’という自己破滅に向かったかなり暗いものだ。人を巻き込むような呪いはないものの、精神的にはかなりキツイ類に属する。このままでは、ローズの精神状態が危うい。

 仕方なく、スミレは、片っ端から依頼を受けてくれそうな女に電話をかけまくる。しかし、仕事後のローズの状態を知っている者は、その夜の商売が成り立たなくなるのでイヤがる傾向が強い。それに、近くの宿の者じゃないと間に合わないのだ。

 スミレがあわてふためいているところに、奈緒が待ちくたびれてやってきた。

「…あの…」

 戸口に佇む奈緒の姿に、スミレはぎょっとする。

「チェリーボーイ!…バカ、お前、来るんじゃないっ」

 慌てて彼女を追い出そうとするが、奈緒は、ベッドに腰掛け、どこか朦朧とした状態のローズの蒼白な顔色を見て息を呑む。彼は今、必死に自分の内面の化け物と戦っている最中なのだ。他人の悪意や殺意、呪いや恨み、憎しみの心に同化してそれを探った後は、自らの‘闇’が引き出され、それに自我を食い尽くされないように他の刺激を求める。そこから否応なく引き剥がしてくれるより強烈なものを求めるのだ。

 闇を抱える彼だからこそ、他人の闇に同化出来る。
 彼の仕事は、命を削ることに等しかった。

「…ローズ!」

 スミレの手をすり抜けて、奈緒はローズに駆け寄る。そして、彼の腕に縋りつくようにとりすがり、「大丈夫?」と問い掛けた。‘闇’が闇を呼び、そこに微かな‘光’を求めたのだろう。

「そいつに近寄るな、チェリー!!!」

 彼女を引き離そうとしたときにはもう遅かった。手に触れた温かいものに反射的にローズの身体が反応した。ぐい、とその温かい柔らかいモノを抱きすくめ、驚いて悲鳴をあげた奈緒を身体の下に抱え込んだ。

「ローズ、やめろっ、その子はダメだ!」

 ローズの腕の中から少女の身体を救い出そうとして、スミレは彼の肩に手を掴んだ。かなり乱暴に揺すぶり、少女の手を引いた。

「離すんだ、ローズ。落ち着け!」

 奈緒は、乱暴な彼の扱いに怯えはしたものの、抱きしめられたその熱に、一瞬頭が真っ白になってそれほど恐怖は感じなかった。必死に彼女の手を引くスミレに僅かに視線を移し、きつく抱きすくめられた苦しさにぎゅっと瞳を閉じる。

「ローズ、チェリーが苦しそうだ。手を緩めてやれ!ローズ!!!」

 彼の身体を揺すぶり、獲物を奪おうとする邪魔がいることに、ローズは苛立った。奈緒の身体を抱えたまま、彼はスミレの手を振り向きざま、バッと振り払う。この状態に陥ったとき、ローズの意識はほとんど残っていない。そこに現れるのは夜叉、或いは修羅といった類のものだ。ヒトの心の奥底に潜む、誰もが無意識の底に飼っている化け物が彼の身体を支配する。

 普段、ローズは滅多なことで暴れたりしない。それほど腕力がある方でもなく、スミレが本気で彼を押さえ込もうとしたら簡単なのだ。

 しかし、このとき、スミレはすさまじい力で振り払われ、身体ごと飛ばされて床に尻餅をついた。

 スミレはローズの目が、もう現実の何も見ていないことに気付く。この状態になった彼を間近で見たことがなかった彼は、初めてぞっと背筋が寒くなった。真っ暗なものがどろどろと彼を覆っている。それは煙のような、オーラのようなものではなく、むしろ、いくつもの頭を持った蛇が彼の身体に巻き付いているようだった。

「チェリー…」

 スミレは、ゆっくり起き上がりながら、ローズに組み敷かれたまま服を引き裂かれていく少女に声を掛ける。泣き叫んで暴れそうなものだが、彼女は何故かそうしなかった。

「聞こえるか、チェリー?」
「…ぅ…ぁっ」 

 小さな呻き声が聞こえるが、小柄な彼女はローズの腕の中にすっぽり収まってしまい、顔も見えない。

「この状態で、お前を救い出してやることは正直、難しい…。それに、実はお前を引き離してしまったら、ローズがヤバイんだ。」

 スミレは壁際に立ち、静かに言った。

「俺が、ここで監視してやる。お前を壊してしまわない程度のところでなんとか加減するから。…悪いが、今日は我慢してくれ。」
 

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