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Stories of fate


Sacrifice(R-18)

Sacrifice 20

 扉が閉まり、智紀は出て行った。千鶴はそれを確認してから、戸口に佇んだままの妹に抱きついてきた。

「羽那、羽那!心配してたのよ。どうしてたの?ちゃんと暮らしてる?何か不自由はないの?」

 小さな妹の身体をぎゅうっと抱きしめた後、千鶴はその顔を覗き込んで矢継ぎ早に質問する。

「大丈夫なの?」

 羽那は懐かしい姉にぎゅっと抱かれ、そのぬくもりを全身に感じて、ようやく息をつく。その懐かしい匂いに満たされ、久しぶりに姉の胸に安らいだ。

「ごめんね、羽那。本当にごめんね。もし、あなたがここはもうイヤだって言うなら、私は今日あなたを連れ帰るつもりで来たのよ。」

 千鶴は、泣きそうな表情で彼女を見つめる幼い妹に声をひそめて聞いた。

「良い?本当のことを言って?・・・帰りたいんでしょう?ひどいことをされてるの?」

 羽那は懐かしい姉の声の響きにうっとりと聞き入りながら、淡い笑顔を作る。
 会いに来てくれた。
 千鶴お姉ちゃんは、ここまで、来てくれた。

「…お姉ちゃん…。」
「うん?」
「ありがとう。」
「何言ってるの?みんな、心配してるのよ?帰りたいなら、そう言って良いのよ?」

 羽那は、きゅっと唇をかんで俯き、そして、しっかりと顔を上げた。

「大丈夫。…羽那は、大丈夫。会えて…嬉しかった。お姉ちゃん、会いたかった。」
「羽那?どうしたの?本当に大丈夫なの?」

 羽那は必死に涙を堪えて頷く。ここで泣いてはいけない。姉に心配を掛けてはいけない。

「…どうしてるの?毎日。食事は…どんなの?勉強は出来てる?ちゃんと眠れてる?」

 羽那は微笑んで頷く。千鶴はどこか歯がゆい思いで妹を見つめた。この子はこんな笑い方をする子ではなかった。もっと素直で、もっと明るくて、もっとのびのびとしていた。

「羽那?」
「…お姉ちゃん、今日はもう帰るの?」

 羽那はほんの少し甘えるような寂しい瞳をする。

「うん、…でも、羽那、あなたが一緒にあっちに帰ろう?今夜だけでも、帰してもらおう?今日はお母さんの作った夕食食べて、一緒に寝ましょう?」

 その言葉に、羽那は一瞬だけ夢見てしまった。優しい家族と共に過ごす幸せな団欒のことを。それまで普通にあった溢れるほどの幸せな光景を。
 しかし、羽那はすぐに首を振った。

「お姉ちゃん、もう一回、ぎゅっと抱いて。」

 羽那はそう言って千鶴の胸にすがりついた。温かい、優しい姉の胸。気が遠くなるほど焦がれた‘家族’の抱擁。絶望の闇に幾度突き落とされても、覚えていられるように。この優しいぬくもりが闇の中に一筋の光となって惑うことのないように、と。

 それ以上、もう、羽那は何を聞いても「大丈夫」としか答えなかった。もともと言葉の多い子ではなかった。しかし、違う。この子は何かにひどく怯えている。怯えているのに、帰りたいとは、イヤだとは決して言わなかった。

「家のことも、お金のことも、気にしなくて良いのよ?良い?これから皆で一生懸命働いて返していけば良いんだから。あなた一人が背負うことなんてない。大丈夫よ。皆で頑張るから。」

 千鶴がいくらそう言っても、羽那は頷かなかった。説得しようとすればするほど、彼女は泣きそうになった。
 千鶴は諦めて、妹を抱きしめた。

「分かった。羽那も頑張ってるのね。私たちも頑張るから。一日でも早く元通りに一緒に暮らせるように。」

 うん、と羽那は小さく頷いた。いつか、きっと…。


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[恋愛:エロス:官能小説

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