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Stories of fate


真紅の闇

真紅の闇 (檻の中) 13

 ソファで怪我の手当てをしてもらう。
 榊の言った通り、ほとんどの怪我はもううっすらとした赤みを皮膚上に残すのみで、ほぼ治り掛けていた。包帯を巻いた腕の傷だけが少し痛み、榊はその傷に軟膏を塗布する。そして、ガーゼを当て、医療用のテープで固定する。その他のうっすらとした傷跡は、絆創膏を貼っただけで終えた。

「結局、手当てするつもりだったんだろうからさ、こんなに傷つけなくたって良さそうなものだけどね。」

 くすり、と榊は笑い、用具を片付けて立ち上がった。

 芽衣は、お礼を言うことも忘れて、彼の淡々とした横顔を見上げた。冷たい目をする男だったが、不思議とそれほど怖いとは思わなくなっていた。榊が芽衣にしてくれたことは、追っ手から救い、怪我の手当てをし、食事を与えてくれただけだ。

 その前後の事情は分からないし、結局、彼女がこんな目に遭っているそもそもの原因が彼なのだとしても、恨む気にはなれない。

 榊はそのままキッチンへ向かい、コーヒーを湧かし始めた。
 彼は、暇さえあればコーヒーを飲んでいる。大抵いつも、この部屋の中はコーヒーの香りで満たされている気がする。

「芽衣ちゃん、君はさ、きっとごく普通の家庭で、普通に育ったお嬢さんなんだろうね。」

 後ろ姿のまま、榊はふと思いついたように言う。

「思い出したらで良いから、話してくれる?」

 顔は見えなかったのに、芽衣は、それを彼が本気で言っているんだと思えた。そこに、微かな憧れのような色を感じたのだ。

「はい。」

 芽衣は頷く。そして、不意にホームシックのような心細い気持ちになった。
 そうだ。そういえば、家族はどうしているんだろう? 突然いなくなった自分を心配しているだろうか。

 なんとなく、浮かぶ。
 両親の顔と印象。そして、幸せだった日々の残像のようなもの。学校の友達や、毎日の生活。映画のようにではなく、時々、強烈な印象と手触りや匂いや感情を伴って。

「君は、誘拐されたんだそうだけど、何か覚えてる?」
「…ゆ、誘拐?」
「そう。どこぞのお金目的のチンピラに。そいつらはお金をせしめてさっさと逃げたそうだけど、ウチの組織は君を横からさらってきたらしいよ。」

 コーヒーをカップに注いで、彼はテーブルに戻ってくる。

「まぁ…睡眠薬でも投与されていれば、あんまり覚えてないのかな。それに、どうも君は、まず記憶を少しいじられた感があるんだよね。」

 芽衣は彼の口から出る驚愕の事実に言葉を失って茫然とする。この、榊が属する世界は非日常の巣窟だ。なかなか慣れることが出来ない。

「君は、初めから何か特別な目的で連れて来られたのかも知れないね。」
「と…特別…って。」
「うん、俺も分からないよ。研究の目的も成果も俺には知らされてないからね。結局、俺も実験材料の一部に過ぎない訳だし。」

 にこりと、彼は事も無げに微笑む。

「身体は使い物にならなかったけど、IQだけがやたらと良かったから、勉強はさせられてた。今は、まぁ、日常生活に支障はないくらいの体力はあるし、生きていくことに不自由ない状態にまでしてもらってるから、研究には協力しないと俺も殺されるんだろうなぁ。」

 ヒトゴトのように語る彼の瞳は特に悲しそうでも怒っている訳でもなく、ほとんど感情は読み取れなかった。

「それでも、俺は、まぁ、あいつに比べたら、まだ人間らしい方だと思うよ。俺は、それこそ、数年前まで一応‘母親’役の人がずっとそばにいたからね。彼女は俺が少しでもマトモな人間に育つように出来るだけのことをしてくれた。自分がいずれ殺されることが分かっていたのにね。」

 芽衣はその言葉に息を呑み、同時にちくりと胸が痛んだ。それでは、彼は、大切な家族を失っているのだ。
そして、榊の次の言葉に、芽衣はその意味を考える間もなく、ただ放心したように彼を見上げる。

「君は、彼女に似ているんだ。…俺の、俺と蟇目の母親だった女性にね。」
「…私が…?」
「母親って言っても、代理母の方だから、血縁はない。俺らの遺伝子は父親と、卵子提供をしてくれたまったく別の女性のものだから、…それに、俺の遺伝子はいじられているからね、薬品で。だから、ほら―」

 榊は自らの目を指さす。

「有り得ないでしょう? この瞳の色。そして、日本人なのにこの髪の色。いくつかの実験の結果、生き残ったのが俺と蟇目。他はすべて死んだか、あまりの異常性に始末されたらしいよ。蟇目と俺は、一つの卵子の第一分割で二つに分かれた片割れなんだ。だから、そっくりだろ? 恐ろしいくらいに。」

 芽衣は、目の前で語られるその奇妙な話しに、だけど不思議に嫌悪を抱かなかった。それを語る榊の瞳がものすごく静かだったからかも知れない。

「蟇目はすぐに母体に移殖されたけど、俺の方は一旦凍結された。そして、特殊な薬品をふりかけられて実験を続けられた。だから、双子なのに、年が違う。生んでくれたのは同じ女性だったけどね。」
「…辛くなかったの?」

 思わず、芽衣は唇を震わせて聞いていた。

「うん、どうかな…。後から聞かされた話しだからね。実際、それが本当かどうかも分からない。だけど、彼女は真実を俺に告げて、俺に判断させて、その後のすべてを俺に委ねようとしていた。選ぶのは俺自身だとね。」


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ホラー・恋愛

~ Comment ~


続きupありがとうございます

榊さんの哀しみが、彼の抱えた「闇」が、芽衣へと響いていく……

ここまで読み終えて、そんなイメージを思い浮かべるとぞくぞくっとしました。

絵になって浮かんでくるのは「ジョーカー」の……道原かつみさんでしたか。なぜかあの方の描いたアニメふうなのですよね。「ジョーカー」も大好きでした。

あ、それから、fateさんの作品を読ませていただいていて不快だなんてことはまったくありません。
私も男性の書くポルノチックストーリィに辟易したことはよくありますけど、fateさんが書かれるのはそうではありませんものね。

多少の過激も倒錯もokですから。v-20

#214[2011/10/25 11:19]  あかね  URL 

Re: 続きupありがとうございます

あかねさん、大変嬉しいコメント、fateはマジで感激です!!!
これは、実は本気で掲載継続を忘れておりました。
あちこち、手を出し過ぎだっつの!!!
お陰で、up継続出来ました。ありがとうございます!
少しペースを上げて掲載していきます。恐らく加筆しようか悩んだんだと思いますが(誰がだよ!)これはこれで良いかな、と思い直しました。

> あ、それから、fateさんの作品を読ませていただいていて不快だなんてことはまったくありません。
> 私も男性の書くポルノチックストーリィに辟易したことはよくありますけど、fateさんが書かれるのはそうではありませんものね。

↑↑↑超!ありがとうございます。ちょっと最近、自信がなくなっていたので、大変嬉しいです。
かつまさんのブログへとんでもないコメント残してきましたが、さすがに自制出来るようになってきました!
(力説してど~する!!!)

‘闇’をどう捉えて昇華していけるのか。
人間そのものをテーマに、模索していきたいもんです。
#218[2011/10/25 12:11]  fate  URL 

変態か……。

わたしのファンタジー「紅蓮の街」にもすさまじい変態を出したけれど、こうfateさんの作品を読むと、変態を描くにはもっと精神的にアプローチせねばならなかったのでは、と思えてきました(←おい)

変態は変態を知る(←だからおい!(^^;))
#533[2011/11/15 21:27]  ポール・ブリッツ  URL  [Edit]

ポール・ブリッツさまへ

ポール・ブリッツさん、朝から笑いを誘っていただき、ありがとうございます。

おお! 「紅蓮の街」ですな? ぜひ、拝読させていただき、変態対決(?)をしてみたいと思います!

#537[2011/11/16 06:54]  fate  URL 

この榊くん、可愛そうな子だったんですね。
加害者というよりも、被害者。
でも、いま、何かやろうとしてます?
わすかな、反撃か、それとも気晴らしか。
私としましては、榊君がこれからどうなっていくのかが一番気になります。
こういう、とんでもない運命を背負ってるくせに、悲劇的にならない主人公って好きです。
あ、主人公は芽依ちゃんでしょうか。

遺伝子操作。とてつもなく凶悪で背徳なのに、なぜか魅かれてしまうのが、もうすでにちょっと、背徳感。
fateさんの世界は、甘い背徳感がいっぱいでたのしいです^^。
#2175[2012/06/04 18:00]  lime  URL  [Edit]

limeさまへ

limeさん、

時々思いますが(いえ、大変、余計なことを(・・;)。
limeさん、リン友さん周り、いっぱいいっぱいじゃないですか?
コメントも毎日すごぉく多いし、そういうの、苦痛になったりしないだろうか、と(体調崩されたりもしていたし・・・)余計な心配をしてみました。
西幻さんとかを思い出して。秋沙さんは、雑記やレビューで最近お会いしたので安心しておりますが、limeさんもくれぐれも無理されないでください。
ある日突然消えられたら、けっこうきますので(^^;
fateは何げに、そういうことに弱いかも・・・

> この榊くん、可愛そうな子だったんですね。
> 加害者というよりも、被害者。

↑↑↑そぉなんすよぉ!
勝手に語らせてみたら、実は、かわいそうな生い立ちが明らかに・・・っ
で、母親の面影を求めるマザコンっぷりには、やはり男は・・・って気分になりますが。

> こういう、とんでもない運命を背負ってるくせに、悲劇的にならない主人公って好きです。

↑↑↑ヒトはあれですかね。初めから持っていないものを欲しがったりはしないのかも。いえ、周囲に普通の光景がないから、知らないだけってことですが。
そして、やはり、榊は感情の面で欠陥があるんだと思います。

> あ、主人公は芽依ちゃんでしょうか。

↑↑↑・・・そういえば、誰が主人公だろう???(ーー;

> 遺伝子操作。とてつもなく凶悪で背徳なのに、なぜか魅かれてしまうのが、もうすでにちょっと、背徳感。
> fateさんの世界は、甘い背徳感がいっぱいでたのしいです^^。

↑↑↑さすが、医学的なことに反応されるlimeさん!!
うう、もっと勉強して突っ込んだ内容にすれば良かった~
実は「発生学」の辺りが好みだったりするfateくんでした。フフフフフ。
#2177[2012/06/05 07:33]  fate  URL 














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