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Stories of fate


花籠

花籠 (前夜) 7 

「あ・・・あの・・・」

 細い声が聞こえて、ローズははっと振り返った。備え付けの浴衣に着替えたらしい奈緒が、怯えた目で彼の背後に立っていた。それほど近くではなかったのだが、背後の人の気配に気付かなかったことにローズは眉をひそめる。仔猫のように、足音もせず、気配も感じなかった。無心の勝利だな、と彼は苦笑する。奈緒は、文字通り何も考えていなかったから、その思考の気配すらなかったのだろう。

「もうすぐ、スミレが戻ってくる。そしたら、何か食べ物を買ってきてくれると思うけど、それまで君はベッドで休みな。」

 何か言い掛けようとして、奈緒は口を閉じた。

「・・・どうした?」

 ローズの口調は特に冷たくはなかったが、奈緒は聞くことが出来なかった。スミレ、とは誰か?まさか、あんな大男の呼び名だとは彼女には思えなかったのだ。

「ああ、チェリー・・・」

 呼びかけて、ローズはふと気付く。

「あ、そういえば、俺たちも名乗ってなかったか。」

 そろそろとベッドへ向かっていた奈緒は、呼ばれた気配に振り返った。ローズは、コーヒーのカップを手にしたまま壁に寄りかかり、彼女に手招きをした。一瞬、奈緒の表情は強張った。

「俺は、ローズ、そしてあの大男はスミレ。君のチェリーと同じコードネームだ。覚えておくと良い。明日のことについては、今夜、ゆっくり話してやる。」

 奈緒が近づいてこないので、ローズはそう言いながらカップを傾けた。着替えさせるときも思った。なんて発育の悪い子だろう、と。中学3年生とは思えない。幼児体型ではないが、とにかく病的というほど細く、女性特有のラインはほとんど育ってなかった。生理もマトモにあるのだろうか?制服を着ているとそれほど目立たなかったが、こうやって裸に近い格好をしていると、否が応でも目に付く。

 そして、何より、この子は愛に飢えた子どもの目をしている、とローズは思った。彼女はここに来るまで、一度も家に帰りたいとか、家族を恋しがるような素振りはなかった。気丈なのではない。奈緒の瞳には感情がほとんど見られないのだ。

 まるで、十年前の自分を見るようだと、特に感慨もなく、彼は淡々と思った。




「ローズ・・・」

 と、奈緒はその名前を反芻する。花の名前だ、と女の子らしい感想を持つ。スミレもローズも、そしてチェリーも。そう思ったら、奈緒は何故か分からない。不意に胸の奥がじんとあったかくなった気がした。え?と彼女は驚いて動きを止める。胸に、何かあったかい液体が滴ったような気がして、ふと彼を見つめたが、ローズはテレビを点けてニュースを観ていただけで何も変わったことはなかった。

 気のせい・・・?

 奈緒は、そのまま用意してもらった簡易ベッドの布団にもぐりこんだ。何度も洗濯をされ、使い込まれた古い毛布の匂いがした。


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ

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