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Stories of fate


背徳の奏 ~漆黒と深紅のモザイク~

背徳の奏 (亡霊) 8

 どうやって家まで戻ったのか、宰は記憶がなかった。
 家に戻って部屋に滑り込み、彼は得体の知れない不安に身を固くした。

 赤い目。
 あれは、猫の目ではなかった。最初に見たとき、あの猫は金色に光る目をしていた。そして、キリアに表われたあの目も、彼女のものではなかった。

 そして、宰は、あの目を知っている・・・と思う。
 いつか、どこかで出会っている。
 どこだった・・・?

 ベッドに腰を下ろし、頭を抱えて考え込んでいると、ふと扉の外に人の気配を感じた。気配、ではない。明らかな殺気だ。
 ぎくり、として扉を凝視する。

「・・・キリア・・・か?」

 かすれた声で、彼は扉の向こうの彼女に声を掛ける。

「そうよ。」

 細い少女の声が答える。しかし、その声にはまるで感情がなかった。ぞくりと背筋に冷たいものが走った。

「・・・どうか・・・したのか?」

 相手は答えない。不気味な沈黙が流れている。宰はゆっくりと立ち上がり、胸のポケットからナイフを取り出して握り締めた。

「眠れないのかい?」

 言いながら、扉に近づく。殺気は益々強く明確になっている。戸口まで歩み寄り、扉の取っ手に手を掛けた。じわりと冷や汗がにじむ。タイミングを見計らって宰はばっと扉を開け、ナイフを構えた。

 そこにはキリアが立っていた。妖艶な微笑みを宿し、赤く燃える瞳で彼を見据えて。
 突きつけられたナイフを目にしても、彼女は顔色も変えず、微動だにしなかった。

「誰だ・・・、お前は。」
「キリア。」

 彼女は繰り返す。
 その口の動きを見ている内に、宰ははっと記憶が蘇った。

「お前は・・・俺が、殺した・・・」
「そうよ。」

 くすくすと彼女は笑った。

「やっと思い出してくれたの?殺し屋さん。」

 赤い瞳がゆらりと燃え上がり、彼女は一歩足を踏み出す。宰が喉元にナイフを突きつけているのに、彼女はまったく動じない。

「この身体を傷つけても殺しても、私には関係ないことよ。どうぞ、殺してしまうと良いわ。私はこの子の身体でなくても、構わないのよ。知ってるでしょう?」

 ふふふ、と少女の声で彼女は笑った。

 キリア。聞いたことがある筈だった。彼女こそはこの革命の原因となった王女だ。敵対関係にあった某国のスパイが、王に近づき、関係を持ち、そして、国の機密を盗み出した。その、女スパイが生んだ王女だった。

 母親の正体がしばらく分からずに、彼女は15歳まで王宮に暮らした。そして、母親がスパイだったことが発覚した途端、彼女は王室から除名され、暗殺という手段で葬り去られることとなった。

 それを依頼されたのが宰だった。

 それでも、どこから漏れるのだろう。死んだ王女の母親がスパイだったこと、その為に国が窮地に陥ったことは国中に知れ渡り、革命が勃発した。

 年端もいかない少女殺害。あまり気持ちの良いものではなかった。出来るだけ苦しませずに、一瞬で死なせてやろうと宰は銃を構えた。

 王女は命乞いをしなかった。ただ、その淡い薄茶の瞳で暗殺者をじっと見据え、そして死んでいった。
 彼女の顔は噴きだす血にまみれ、開いたままの瞳も赤く染まっていた。

 イヤな仕事だ、と宰はそのとき初めて思った。

「王女が・・・どうして、今頃。」

 ナイフを突きつけながら宰は呻くように言った。

「私を殺した貴方にどうしても会いたかった。」
「確かに直接手をくだしたのは俺だが、俺にとってそれは仕事だったんだ。復讐するなら、依頼主で然るべきだろう・・・。」

 それを聞いてキリアは笑った。

「心配しないで。依頼主はもう死んでるから。」
「な・・・んだと?」
「国王は、亡命先の国で原因不明の病に倒れて、死んだわ。」

 驚いて、宰はナイフを取り落としそうになった。

「なんだって?」
「だから、今度は貴方に会いにきたんじゃない。」

 キリアは再び一歩、前に進んだ。

「苦しませずに、なんて考えないわ、私は。うんと苦しんで死ぬが良い。」

 目を細めて、彼女は宰の青ざめた顔を見上げた。

「さぁ、この子を殺しなさい。何の罪もないこの子を。次は・・・そうね、あなたの恋人に取り憑いてあげる。」
「やめろっ」

 ミラの顔が浮かんで、宰は声をあげた。

「無関係の人間を巻き込むことはないだろう!俺は・・・俺は、少なくとも、そんなことはしなかった。」
「だから?」

 声をあげてキリアは笑った。

「だから?」
「・・・俺を殺したいなら、俺だけを殺せ。この子は巻き込むな。」

 宰は力なく言って、ナイフを下ろした。

「苦しむが良い。」

 キリアの目が光った。

「苦しむが良いわ。」

 そして、すうっと光が消え、少女はぐらりと崩れた。
 咄嗟に、宰は彼女の身体を支え、抱きとめた。少女はすとん、と意識を失い、そのまま深い眠りに堕ちていた。

「・・・おい、大丈夫か?」

 結局、キリアというのは、この子の名前ではなかったのだ。宰はようやく知る。この子はもしかして、口がきけないのではないか?そう。あの日以来。

「・・・すまない。俺のせいで、君までこんなことに巻き込んでいたのか・・・。」

 すうすうと眠り続ける少女を腕に抱えたまま、宰は深い後悔に沈んでいった。


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