FC2ブログ

Stories of fate


背徳の奏 ~漆黒と深紅のモザイク~

背徳の奏 (亡霊) 1

 太平洋上の小さな国、イライザで革命が起こり、その国の情勢は一気に不穏な状況に陥った。
 秩序が乱れ、常識が消え、何もかもが崩壊に向かった。

 外国人狩りが始まり、その貧しい国に移り住んだ裕福な移住者は略奪に遭い、ほとんどの者は理由なく殺され、若い女は慰み者に落とされ、子どもは奴隷として、或いは臓器目当てに売られた。

 移住者であっても、もともとプロの殺し屋だった真壁宰(まかべつかさ)は、何度か命を狙われ、逆に返り討ちにし、それを繰り返す内に、もう誰も手を出してはこなくなった。

 彼の故郷は日本だったが、宰は故郷を追われて流れてきた男だ。同郷の者に特に同情心もない。

 その日、襲われている日本人の邸宅を見ても、助けてやろうとか、そんな気はまったく起きなかった。ただ、ふと開いていた扉から引っ切りなしに聞こえる悲鳴に、眉をひそめて覗き込んでみた。

 玄関の奥では、イライザ人の荒くれ男共が、女を奪い合って内輪もめを始め、襲われかけていた若い女性が悲鳴をあげて助けを求めていた。

 宰は、彼らを避けて隣の部屋から中に忍び込み、何かめぼしいものは残っていないか勝手に物色を始める。至るところに血の跡が残り、の家の主人だろうか。倒れている男の姿があった。イライザ人の使用人らしき死体もあり、彼らは雇い主を守ろうとして同胞に殺されたらしいことをうかがわせた。

「嘆かわしいこった。」

 宰は呟く。
 いたたまれなくなって、引き返そうとしたとき、ふと人の気配を感じて立ち止まった。

「まだ、生きているやつがいるのか?」

 振り返って、目をこらす。そこは寝室だったようだ。引き裂かれたカーテン、乱れたベッド。倒された飾り棚には、もう金目の物は残っていない。

 微かな気配は続いている。
 ベッドの上に不自然に丸められたシーツをぐい、と引き剥がすと、そこには少女が身体を丸めていた。

 黒髪・黒い瞳。明らかに東洋系、恐らく日本人だろう。イライザの人々は浅黒い肌をし、黒髪だったが明るい茶色の瞳をしている。そしてどちらかというと小柄な人種だ。

 彼女は白いブラウスに淡い桃色のスカートをはいていた。素足の肌が傷だらけで、逃げ回ったらしい跡がうかがえる。恐らく、傍らに倒れている男が、娘を守ろうとしてかぶせたシーツだったのだろう。それを剥ぎ取られて、少女は茫然と俺を見上げた。まだ幼い顔立ちのそれでも品のあるきりっとした目元が涼しげだ。

 宰は、少女に近づいた。

「この家の娘か・・・?」

 目の前で父を、そして彼女を守ろうとした使用人を殺され、今、まさに母親は男の慰み者にされようとしている。

「憐れだな。」

 思わず、宰は呟く。少女は、すでに放心状態で、もはや悲鳴もあげなかった。ただ、青い顔で震えていた。このまま見なかったことにして捨てて帰ろうとしたとき、不意にどたどたと人の足音が近づいてくる。

「この家にいたはずだ。」
「探せ!」

 そんな声が聞こえてくる。その声にはっとして少女は明らかに同じ人種だと思われる宰にすがるような視線を向けた。今にも泣き出しそうなその顔を見た瞬間、彼は思わず彼女を抱えて窓を飛び出していた。

 何故、そんなことをしたのか彼にもよく分からない。
 特に何の考えもなかった。ただ、無駄な殺戮に嫌気がさしていたのは事実だ。実際、彼も何度も襲われかけ、辟易してもいた。

 そのまま家に戻ろうとしたところで、飛び出した路上で警官に呼び止められる。制服を着て警棒を持って偉そうに歩いている輩は初めから見えてはいた。

「よう、マカベ。」

 名前を呼ばれて宰は眉をひそめる。抱えるように抱いていた少女がびくりと身体を強張らせた。

「なんだ、お前か。」

 殺人現場の警備でよく顔を見る警官だった。恰幅の良い黒人の若い男で、彼も移住者だ。ただ、彼の場合は貧困層に位置しているので、どちらかと言えば革命派ということになる。警官も、もはや治安維持にはあまり役に立っていない。略奪に加わらないだけこの男はまだマシだ。

 たまに野次馬に混じって、自分の仕事の結果を訪ねたりすると必ず会う男だった。警察も宰の正体には薄々感づいている。しかし、彼らも依頼人になることがあるというお国柄、宰は決して捕まったりはしない。手に負えない犯罪者、或いは警察には手の出せない人間の殺しを、警察内部から請け負うこともあるのだ。

「今度は何を盗んできたんだ?」

 腕の中の少女に不躾な視線を走らせて彼は言う。

「盗みの常習みたいな言い方はして欲しくないな。しかも、これは盗んできたんじゃない。本人の依頼で保護しただけだ。」
「・・・へええ。ああ、同胞のガキか。」

 ぐい、と少女の髪の毛を掴んで顔を確認すると、警官は下品に笑った。

「抱くにはまだガキ過ぎやしないか?」
「見かけの年齢と実質年齢は違うんだよ。」

 東洋系の人種はとかく若く見られがちだ。実際、宰もまだ20代前半くらいにしか思われていない。それでも、少女は確かにまだ14~5歳だろうとは思われる。

「そうか?まだ学校に入ったばっかりかと思ったぜ。」
「バカを言うな。もう卒業するくらいだろう。」

 この国では小学校に相当するクラスは10歳からだ。その前に日本でいう就学前教育のようなものが幼稚園くらいの年齢から9~10歳らいまである。それは余裕のある家の子しか通えない。そろって勉強を始めるのは10歳で就学期間は5年だ。いくらなんでも10歳そこそこにしか見えない訳ではないだろう、と思って警官を振り返ると、相手は少なからず本気でそう考えていたようで、驚いた表情をしていた。

 少女は怯えてぎゅうっと宰の肩にしがみつく。

「これは俺の所有物だ。他のバカ共に手出ししないように言っておいてくれるかい?」

 そう笑って去ろうとすると、警官は「おい、ちょっと待て。」とポケットをがさがさ探った。振り返って怪訝そうに彼を見ていると、警官は、ポケットの中身を必死に引っ張り出している。出てくるのは食べた菓子の紙くずやコイン、果ては始末書の切れ端や丸めた領収書のような物ばかりだ。

 チッと舌打ちをしながら、尚も何かを探し続ける彼を茫然と見つめて、宰は苦笑する。

「お、あった、あった。」

 やっと目当ての品を探り出したらしい警官は、それをおもむろに宰に投げて寄越した。

「おっと・・・、なんだ、これ?」

 慌てて片手で受け取った宰は、手の中に収まった金属のプレートを不思議そうに顔の前に持ってくる。

「飼ってる奴隷の首輪に付けときな。その裏に番号が記されてるだろ?後で、担当課にお前が所有者として届ければ、そのガキはお前の私有財産に登録される。落し物になっても持ち主が割れる。今の情勢じゃ気休めにしかならんが、少なくとも、誰かの持ち物でいれば金目当てのバカ共は手を出してこない。」

 宰は訝しげに警官を見返した。

「これは一部の特権階級にのみ使用を許されてる制度じゃなかったか?なんでこんな代物を持っているんだ?」
「押収物だ、気にするこたぁない。俺が持ってても使うことはないんでね。」

 宰は呆れた。

「押収物の横流しか?」
「ちょいとくすねてみただけだ。」

 警官は笑って去っていった。

 銀のプレートを指でひっくり返しながら、宰は、しかし、良い物が手に入ったと思った。確かに、このままこの子を匿うのは難しかった。しょっちゅう家を空ける彼の留守中に、賞金稼ぎのバカ共が家捜しに訪れないとも限らない。このプレート自体に名前が印字される訳ではない。誰が所有者かなど分からない。つまり、これを見ただけでは特権階級者の誰かだと周りの人間は思い込むのだ。

 連れ帰って、どうしようという明確な意図はなかった。しかし、この子を腕に抱いたとき、宰は何かがちくりと心の奥底に疼いた。

 それは、忘れていた遠い記憶。移ろう心模様。忘却の彼方に押し遣っていた熱い想いだったかも知れない。



関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 紺碧の蒼
もくじ  3kaku_s_L.png 真紅の闇
もくじ  3kaku_s_L.png 黄泉の肖像
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 2
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 3
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 4
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 外伝集
もくじ  3kaku_s_L.png 蒼い月
もくじ  3kaku_s_L.png 永遠の刹那
もくじ  3kaku_s_L.png Sunset syndrome
もくじ  3kaku_s_L.png 陰影 2
もくじ  3kaku_s_L.png Horizon(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png Sacrifice(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png 閑話休題
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←背徳の奏 (内容説明)    →背徳の奏 (亡霊) 2
*Edit TB(0) | CO(0)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ホラー・恋愛

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←背徳の奏 (内容説明)    →背徳の奏 (亡霊) 2