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Stories of fate


真紅の闇

真紅の闇 (檻の中) 8

 顔を洗い、パジャマから着替えて戻ると、榊は誰かと電話で話しをしていた。受話器を肩と耳の間に挟み、白い電話機をもう片方の手で持ったまま、壁に寄りかかっていた。芽衣の気配に気付き、彼はすうっと目を細める。そして、電話の相手と会話を続けながら、テーブルに置かれたカップを指さす。

 芽衣が躊躇いながらもテーブルに近づいてそのカップを手に取ると、昨夜のようなブラックコーヒーではなく、ミルクで半分以上薄めたと見られる薄茶の飲み物が入っていた。顔を近づけると、ミルクとコーヒーの良い香りが漂い、芽衣はゆっくりと口をつけた。

「それはまだ確かめてない。声に反応しているのか、同時に派生される思念派に反応しているのか…正直、分からないね。だから、君に確認して欲しい。君の声には反応するのかどうか。」

 榊の言葉に、芽衣は特に疑問を抱かなかった。何を話しているのか、理解出来なかったのだ。

「良いよ、今夜。…ああ、待ってる。」

 榊はそう言って受話器を置き、電話機をワゴンの上に戻して振り返った。

「それなら飲める?」
「はい。おいしいです。」
「そう。」

 榊は、ふふ、と笑う。

「まだ子どもだね、君は。」
「…?」

 榊は本気で少し嬉しそうに見えた。
 あ…、と芽衣は思った。目が、少し優しい。

 今なら、何か聞けるかも知れない、と芽衣はドキドキしながらも考えた。ここはどこなのか?何故、自分はここにいるのか?

「あの…」

 カップを抱えたまま、芽衣は恐る恐る榊に声を掛けてみる。

「座って、芽衣ちゃん。」

 テーブル脇につっ立ったままの芽衣に、榊は椅子を勧める。芽衣は丸いテーブルの周りに並ぶ肘掛けまでついた多少豪華な椅子にちょこんと腰掛ける。昨夜の夕食もこの席だった。榊の指定席であるらしい窓際の椅子のちょうど真向かいに当たる。

「あの、私は…いつから、ここに…その…」
「いつからここにいるのかって?」
「…はい。」

 特に怒ったようでも不機嫌でもないごく普通の調子で、榊は残りのコーヒーをすうっと飲み干して、カップをテーブルにとん、と置く。
 意図せず、びくり、と芽衣の身体は反応した。

「いつからとか、どこからとか、詳しい経過は俺は知らない。君がどこの誰なのかも。」

 榊の言葉に、芽衣は軽い落胆の色を浮かべた。

「名前を知っていたのは、あのとき、施設から逃げ出した子の名前を知らされていたから。予想通り君があの森へ向かったのか確かめるために行ってみたら、君が、本当にあそこで力尽きてたのさ。」
「え?」

 ふとした言葉に引っ掛かりを覚えて、芽衣は訝しそうな表情で彼を見つめた。
‘予想通り’?

「君を誘い出したのが、俺だからね。」

 榊の目がきらりとした冷たい光を帯びた。

「…呼び出した?」
「そう。ソコを抜け出して、こっちへおいで、って。聞こえてただろ?」

 手に持ったカップのコーヒーが小さく波立った。
 記憶よりも、そのフレーズを身体が覚えているような気がした。
 赤い闇の中から繰り返し聞こえたあの声。
 声…?

「どう…して。」
「そうだね、まぁ、一種の実験ではあったけど、あまり意味はないよ。退屈しのぎだね。俺の思念派に感応する子がいるのか確かめてみようとしただけさ。それで、どれだけ相手の心を支配出来るかとかね。」

 カップを持つ手がカタカタと震えていた。
 すっかり青ざめて視線が宙を泳ぐ芽衣に、榊は、すっと立ち上がって近寄った。

「怖がる必要はないよ、芽衣ちゃん。」

 はっとして彼に視線を走らせたときには、榊は彼女のすぐ傍らに立ち、屈み込んで芽衣の頬に手の平を沿わせていた。

「俺は、君の記憶を操作した訳じゃないし、意志を縛ってここに置いている訳じゃないだろう?記憶は、君が頭を打った為に一時的に失われているのか…或いは、もともと、君は眠らされていたんじゃないかと思う。施設で過ごしたほとんどの時間を。そのときに、記憶を処理された可能性はあるけどね。」
「…どうして…」
「言っただろ?人体実験のため。ここでは、動物実験はほとんど行われない。その段階が済んで、実際に人で試してみる必要のあるあらゆる研究が持ち込まれているんだよ。何より大変なのは、君のような被験者の確保さ。外で、その被験者をどうやって選別し、どうやって連れて来ているのか、少なくとも俺は知らない。だから、君がどこの誰なのかは知らない。芽衣、というのが本名なのかもね。」
「私…私を…」
「どうするのか、って?」

 くすり、と榊は笑った。

「それを俺も考えていなかった。そもそも、本当に呼び出されて抜け出せるものとは思ってなかった。そして、感応する子がいるとはそれほど信じていなかった。更に、見つけたら、もともと素知らぬ振りして彼らに引き渡す筈だったからね。」

 ざあっと音を立てて血の気が引いた気がした。

「だけど、君は、俺に助けを求めた。そして、俺は引き受けた。だから、君は今ここにいる。…さて、これからどうしようかね?」

 不意に榊の顔が近づき、驚いて動けずにいる間に、彼の唇がそっと芽衣のそれに触れた。

「まぁ、これからゆっくり考えようか。蟇目も父も、君を連れ戻すことはもう諦めたようだし。…代わりに、また面倒なことを考え付いたみたいではあるけどね。」




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うわああ~

逃げようにも逃げられん~

妖しい世界じゃあ~

思わず脳裏に「白い蝶のサンバ」が(ってわたしも古いね(^^;))
#468[2011/11/10 18:26]  ポール・ブリッツ  URL  [Edit]

ポール・ブリッツさまへ

ポール・ブリッツさん、絶叫コメントありがとうございます。

> 思わず脳裏に「白い蝶のサンバ」が(ってわたしも古いね(^^;))

↑↑↑んんっ??? 何でしょう? それ…??? 唄ですか?

#472[2011/11/10 20:37]  fate  URL 

うぬぬ・・・・。

fateさんは繰り返し「闇」を描いているとおっしゃってたけど、今までのところはそんな雰囲気はなかったんですが。これはなんか、すごく特殊な環境で、まるで女郎蜘蛛が獲物を前にさぁどう料理しようかと舌なめずりするような、そんな雰囲気がありますね。

ドキドキしながら続きはまた明日・・・。
#648[2011/11/23 15:58]  あび  URL 

Re: うぬぬ・・・・。

あびさん、ドキドキしていただきまして…(^^;
榊はねぇ…
いや、今は何も言わんでおきます。
余計なことを口走りそうなので~

#651[2011/11/23 18:17]  fate  URL 

榊くん、優しげではあるけど、もしかしたら、酷いSかも・・・とかいう予感がww
檻の中。榊の腕の中。芽依ちゃんは、食材なのか。
なんて、妄想が。w
#2145[2012/05/29 17:46]  lime  URL  [Edit]

limeさまへ

limeさん、

フフフフフ・・・
鋭い。limeさん。
実は、当初の予定では、榊はまったくlimeさんの読み通りの人物、の予定でした。
それが、途中で、作品説明にある通りの他作家さまの作品に心酔し、その登場人物の影がチラつき、彼を取り込みたくなって、人物像が少ぉし変わってしまいました(^^;

お蔭で当初の予定よりマトモな話になりました。
ええっ??? これでマトモだったら、最初はどんだけっ???
と恐れおののかないでくださいまし~(^^;
#2146[2012/05/29 18:06]  fate  URL 














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