「君…」
その声で、芽衣(めい)は目を開けた。目の前には、若い男…いや、まだ少年だろうか?濃い栗色の髪の毛に、明るい金色の目をした男の顔があった。覗き込む彼の背後には抜けるような青空が広がっている。
空気がきーんと澄んで、横たわっている周囲は緑の草が生い茂っている。
草原?いや、まばらな白樺林が遠くに見える。そしてこの緑のジュータンを囲むように、奥には濃い緑、おそらく鬱蒼とした森であろう、そんな木々が周囲を覆っている。その囲いのような空間に、ふっと息苦しさを覚え、何も思い出せなかったのに、芽衣は、彼の顔を見た途端、こう叫んでいた。
「お願い…、助けてっ」
必死に芽衣は彼に向かって手を伸ばす。すると、その手をすうっと握って、彼は芽衣を見下ろし、そして、泣きそうな彼女を見つめてゆっくりと微笑んだ。
「俺に助けを求めてるの?」
くすくす可笑しそうに笑って、男は芽衣の背に手をまわし、その身体を抱き起こした。
「良いよ、君は助けてあげよう。」
その言葉にほっとした途端、芽衣の視界はぐらりと揺れ、激しい頭痛と吐き気を感じ、そして、全身のあちこちが痛み出した。それは、もともとあった痛み、不快感であると、芽衣にはぼんやり分かっていた。それまで、身体を気遣う余裕がなかっただけなのだと。
男は芽衣の身体をそのまま抱き上げた。芽衣が華奢なのかその男が見かけに寄らず力持ちなのかよく分からない。そして、見かけより彼は年が上なのかも知れない。短く纏められた髪がふわりと揺れ、太陽の色を集めた瞳はどこか暗いものを宿しているように感じられるのは、彼の目が、口元の笑みとは裏腹に、必ずしも笑ってはいないからだった。
「よくこんなところまで辿り着いたね。」
男は、感心したような口調で腕の中の少女を見つめる。芽衣は、頭痛がひどくてさっぱり何も思い出せない。ここがどこで、自分は誰なのか…。
ほどなく、息を切らせた数人の人間の気配が近づいてきた。
「…榊さまっ」
「も…申し訳ありません!」
声からして、明かに男の声、そして、ぞっと背筋が寒くなる何かをその男たちの声から感じられる。芽衣は、恐怖に固まり、身体を強張らせて榊と呼ばれた男の腕に縋りついた。相手の顔は見えなかったが、殺気とでもいうような不穏な空気をびりびりと背中に感じる。
このままこの男たちに引き渡される…?と芽衣は声もなくその恐怖と全身に感じる苦痛に怯える。
「ああ…良いよ。この子は。俺がもらう。」
「…は???」
明らかにその男たちは戸惑っていた。いや、言われた意味をまったく理解できない、という茫然とした空気が漂い、それまであった気忙しい空気が一瞬にして静止した。
「助ける、ってたった今、約束しちゃったんだ。俺が飼うよ。」
榊は、唄うように言いながら、そのまま彼らの前を素通りする。
「あ…、その、しかし…」
彼らは、榊に意見する立場にはないのだろう。当惑したまま、男達が彼の背中に向かって深々と頭を下げている姿を、芽衣は抱かれた腕の隙間からぼうっと見つめていた。
何も、考えなど浮かばなかった。ただ、それまで強張っていた全身から幾分力が抜け、よくは分からないまま、彼女はほうっと息をついていた。
その声で、芽衣(めい)は目を開けた。目の前には、若い男…いや、まだ少年だろうか?濃い栗色の髪の毛に、明るい金色の目をした男の顔があった。覗き込む彼の背後には抜けるような青空が広がっている。
空気がきーんと澄んで、横たわっている周囲は緑の草が生い茂っている。
草原?いや、まばらな白樺林が遠くに見える。そしてこの緑のジュータンを囲むように、奥には濃い緑、おそらく鬱蒼とした森であろう、そんな木々が周囲を覆っている。その囲いのような空間に、ふっと息苦しさを覚え、何も思い出せなかったのに、芽衣は、彼の顔を見た途端、こう叫んでいた。
「お願い…、助けてっ」
必死に芽衣は彼に向かって手を伸ばす。すると、その手をすうっと握って、彼は芽衣を見下ろし、そして、泣きそうな彼女を見つめてゆっくりと微笑んだ。
「俺に助けを求めてるの?」
くすくす可笑しそうに笑って、男は芽衣の背に手をまわし、その身体を抱き起こした。
「良いよ、君は助けてあげよう。」
その言葉にほっとした途端、芽衣の視界はぐらりと揺れ、激しい頭痛と吐き気を感じ、そして、全身のあちこちが痛み出した。それは、もともとあった痛み、不快感であると、芽衣にはぼんやり分かっていた。それまで、身体を気遣う余裕がなかっただけなのだと。
男は芽衣の身体をそのまま抱き上げた。芽衣が華奢なのかその男が見かけに寄らず力持ちなのかよく分からない。そして、見かけより彼は年が上なのかも知れない。短く纏められた髪がふわりと揺れ、太陽の色を集めた瞳はどこか暗いものを宿しているように感じられるのは、彼の目が、口元の笑みとは裏腹に、必ずしも笑ってはいないからだった。
「よくこんなところまで辿り着いたね。」
男は、感心したような口調で腕の中の少女を見つめる。芽衣は、頭痛がひどくてさっぱり何も思い出せない。ここがどこで、自分は誰なのか…。
ほどなく、息を切らせた数人の人間の気配が近づいてきた。
「…榊さまっ」
「も…申し訳ありません!」
声からして、明かに男の声、そして、ぞっと背筋が寒くなる何かをその男たちの声から感じられる。芽衣は、恐怖に固まり、身体を強張らせて榊と呼ばれた男の腕に縋りついた。相手の顔は見えなかったが、殺気とでもいうような不穏な空気をびりびりと背中に感じる。
このままこの男たちに引き渡される…?と芽衣は声もなくその恐怖と全身に感じる苦痛に怯える。
「ああ…良いよ。この子は。俺がもらう。」
「…は???」
明らかにその男たちは戸惑っていた。いや、言われた意味をまったく理解できない、という茫然とした空気が漂い、それまであった気忙しい空気が一瞬にして静止した。
「助ける、ってたった今、約束しちゃったんだ。俺が飼うよ。」
榊は、唄うように言いながら、そのまま彼らの前を素通りする。
「あ…、その、しかし…」
彼らは、榊に意見する立場にはないのだろう。当惑したまま、男達が彼の背中に向かって深々と頭を下げている姿を、芽衣は抱かれた腕の隙間からぼうっと見つめていた。
何も、考えなど浮かばなかった。ただ、それまで強張っていた全身から幾分力が抜け、よくは分からないまま、彼女はほうっと息をついていた。
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