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Stories of fate


紺碧の蒼

紺碧の蒼 (二度目の仕事) 11

 しかし、彼は動かなかった。老人の断末魔の叫びのようなものが断続的に響いている。餓鬼の群れに覆いつくされ、もう服の片鱗しか見えない。そして、あっという間に老人の魂は、私たちに救いを求めて手を出そうともがきながら、餓鬼共に連れ去られ、ずるずるっと地面へと吸い込まれて行った。

「ご臨終です。」

 白衣の老人は医師なのだろう。淡々と死亡確認を行い、そう事務的に告げて合掌した。それを聞いて背後に佇んでいたスーツ姿の男性数名は、顔を見合わせ、静かに部屋を出て行った。

「・・・どうして?蒼。・・・良いの?」
「手を差し伸べる隙がないんだよ、ああいうのは。」
「どうして?」
「悲しんでくれる人がいないと、俺たちには手を出せない。遺族の結界に守られない魂には触れられない。」
「そんな・・・それじゃ、悲しんでくれる人が、その人の死に目に会えなかったら、餓鬼が連れて行ってしまうの?」
「違うよ。」

 蒼は、言って私の手を引き寄せた。

「悲しんでくれる人がこの世にいるかどうか、ということだ。どこにいたって、魂レベルのことは伝わっている。本人に自覚されようがされまいが、それは変わらない。涙の浄化、祈りの結界。それらがない魂は餓鬼道へと堕ちることが決められている。」

 私は愕然として蒼の、その感情のカケラもない蒼い瞳を見上げた。

「今の人は、悲しんでくれる人が、この世に一人もいなかったってことなの?」
「そういうことになるね。」
「そんな・・・。そんな人なんているの?」
「現に今、目の前だ。」

 振り返ると、彼の周りにはもう誰一人いなかった。皆、事務手続きに忙しく、遺族は遺産の分与のことしか関心がないらしい。そして、彼が関わった人々は、誰も、彼の死を悲しんではいない・・・。

 不意に、その部屋にぼんやりした映像が広がった。

 若かりし頃の老人に叱責される年配の部下。彼は、取引先へ向かい、そこで何かを告げる。そして、翌日、その取引先は一家心中という結末だ。そのニュースを茫然と見つめる部下。結局、彼も首を吊って命を絶った。
 たくさんの若い主婦の集まり。
 そこで、何事かを説明する若い男性。そこに集った主婦は何か奇妙な商品、錠剤のようなモノを買い求める。そして、帰宅した彼女たちはそれを夫や息子ににこにこして与える。
 数日後、夫も息子、そして彼女自身も精神異常をきたしている。
 狂ったように、その薬を貪りあう一家。そして、更なる悲劇が彼らを襲う。
 母親の通帳の残高を確認して茫然としている息子。
 身に覚えのない請求書を手に青ざめている青年。
 連日のイヤがらせの電話やメールに叫び出す大学生の女の子。
 夜の酒場でまるで死んだように虚ろな瞳で働く女の子たち。
 その背後には必ず、札束を夢中になって数えるその老人の姿があった。

「帰ろうか。」

 蒼の声が遠くに聞こえた。ふらりと私は倒れそうになって、彼に背中を預けた。

「どうして・・・」

 私は意図せず呟いていた。

「人間なんて、自然の前ではちっぽけなのに。どんなに助け合って、労わり合って生きていても、一瞬で波にさらわれる弱い存在なのに・・・。」

 蒼の柔らかい視線を感じた気がして、私は、彼が分かってるよ、とそう言ってくれた気がして、その胸にそっともたれて、涙を一粒零した。



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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ファンタジー小説

~ Comment ~


なんとはなしに、ディケンズの「クリスマス・キャロル」を思い出しました。でも、スクルージってタイプじゃないよなこの語り手……。

明日も読もうっと。
#313[2011/11/02 13:53]  ポール・ブリッツ  URL  [Edit]

ポール・ブリッツさまへ

ポール・ブリッツさん、コメントありがとうございます。

> なんとはなしに、ディケンズの「クリスマス・キャロル」を思い出しました。でも、スクルージってタイプじゃないよなこの語り手……。

↑↑↑はい、その雰囲気もあるかも、です。でも、このシーンは、どっちかというと、『ゴースト』のイメージでした。
だから、宗教観念がごちゃ混ぜなんです…。

#315[2011/11/02 15:37]  fate  URL 

もはや『空と海』とは完全に別物になりました。笑。

でもそれ以上に深くて、どこか物悲しいお話ですね。
この老人、自業自得なんですが、「ざまあみろ」と言えない。あ~、俺って甘いよな。
#527[2011/11/15 15:36]  ヒロハル  URL 

ヒロハルさまへ

ヒロハルさん、コメントありがとうございます。
そうなんです、これ、もっと悪徳非道ぶりを描かなきゃならなかったのに、なんか、そのときfateは悪人を具体的に思いつかなかったんです。
けっこう、世の中には(というか、テレビとか観ていると)死んで当然! と思う輩もいるのに。
某国家主席なんかはまさにそうだし、某新興宗教の教祖なんかもそう。
だけど、そうじゃない一般の人間のすげ~やなやつが浮かばなかった。お陰で、fate自身が憎めていないのでぼんやりした人物像になってしまいました。
すみません~

#530[2011/11/15 19:50]  fate  URL 

蒼はなんか、不思議キャラです。

仕事と言う名目で美緒ちゃんに色々見せているよう。

死ぬ瞬間の走馬灯が興味深いです。
#2123[2012/05/19 14:23]  けい  URL 

けいさまへ

けいさん、

> 仕事と言う名目で美緒ちゃんに色々見せているよう。

↑↑↑確かに‘仕事’は名目かも。
う~ん・・・なんと申しますか。
名目っていうか、その「見せている」ことが、彼が美緒ちゃんに言いたいことなのです、きっと。

> 死ぬ瞬間の走馬灯が興味深いです。

↑↑↑うう、これ、一話一話をもっと長くして、一人一人の人生をもっと深く語るべきだったかな、という気がしています。
その内、加筆出来るかなぁ・・・

#2124[2012/05/19 18:47]  fate  URL 














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