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Stories of fate


紺碧の蒼

紺碧の蒼 (最初の仕事) 8

 辿り着いたそこは、小さな個人病院だった。

 たくさんの怪しい気配にびくびくしながらも、私は男と病院の中を匂いを辿って進む。大勢人がいる気がしたが、それは、生きている人間ばかりではないからだった。廊下の端の暗闇に、病室の陰の薄闇に、往くべき道を見失った死者の魂が、それらに引き寄せられた得体の知れない魔物が、じっと鳴りを潜めている。

 生きている頃なら怖いと感じたのだろうか。
 そのとき、私は胸が締め付けられるような痛みを感じただけだった。
 一際異臭を放つひとつの病室の扉の向こうに、すすり泣きの声を聞く。

 最後を家族に看取られて、今まさに静かに亡くなった50代そこそこの男性がいた。妻らしき女性と男の子二人は息子だろう。彼に目元がよく似ていた。

 彼は、自分が白いベッドに横たわる姿を静かに見下ろしていた。端正な顔をした、穏やかな表情を浮かべる男性だった。ベッドを取り囲むように彼の遺体に取り縋って泣く3人の家族の身体から、ほとばしるような金の光が出て、それがまるで結界のように、彼の魂を餓鬼から守っている。

 残された人の涙は、死者を死の国へ送るために必要だと、どこかで聞いた気がした。涙の川の流れに乗って、死者は逝くべき場所へ導かれるのだと。亡くなった彼への家族の暖かい愛情が、尚、彼を守っていた。生きている者は、死者へ、まだ出来ることがあるのだ。

 胸の奥がじんと熱くなり、そして、何かがちくりと疼いた。
 男性は、優しい瞳で家族を見下ろし、そして、私たちに気づいてこちらへ視線を移した。彼は半分空(くう)に浮かんでいるので私たちを見下ろす形になっている。

「逝くべき道へ、往くべき世界へ、ご案内奉りましょう。」

 厳かに彼は一礼し、私も慌てて彼に倣う。

「・・・お願いします。」

 彼は穏やかに微笑んだ。もう、すべきことはすべて果たしたとでも言いたげな、そんな安らかな表情だった。
 羨ましい・・・と、何故か私は思った。

 遺されたご家族も、別離の悲しみに今は思い切り泣いても、きっといつか真っ直ぐ顔をあげて生きていってくれるのだ、と彼は知っているような気がしたのだ。
 胸が、きりきりとした痛みに襲われ、私は苦しくなる。

「良い人生を与えてもらったことに、感謝したします。」

 彼は、私たちを見つめて微笑んだ。

「周りの人に恵まれ、私は幸せな人生だった。」

 どこかふわふわした感じに慣れないようで、その男性はぎこちない動きで私たちに近寄ってくる。その途端、家族の守りから外れ、餓鬼が一斉に彼を取り巻く。

 不意に彼の輪郭が歪む。
 私ははっとして手を差し伸べ、男も、すうっと彼に向かって手を差し伸べた。

 男性は大急ぎで私たちの手を取り、私たちは丸く円を描くように手を繋ぎ合った。瞬間、ざあっと餓鬼共は散った。恨みがましい視線を私たちに向かって投げつけながら。

 男性の危うかった輪郭が形を成し、大きなエネルギーの輪が出来た。三人の輪の中に、何かが注ぎ込まれている感覚があった。それは、彼のご家族から金のオーラとして漂ってくる。

 そして、充電が整った・・・ような感触の後、男性の姿はふわりと浮かび上がり、え?と思って見上げた目の前で、私たちの手からすうっと抜けて消えて行った。消えて、というよりも、昇って行ったというリアルな上昇感を抱いた。光の粉がキラキラと辺りをいっぱいに満たし、その息を呑むような幻想的な光景に私は言葉を失って見入る。

 賛美歌が聴こえてきそうな、静かな読経が聞こえてきそうな、そんな清浄な空気が辺りを満たしていた。




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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ファンタジー小説

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