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Stories of fate


紺碧の蒼

紺碧の蒼 (プロローグ) 2

 筋肉が萎縮していく病気。
 初めは、ちょっと躓き易くなって、何もない平坦な道で転びそうになる現象として現れた。

「どうしたの?やだなぁ!」
 と笑う私に、彼も「もうトシかな。」なんて微笑んでいた。

 そう、確かに年齢差はあった。20歳近く年が離れていたのだ。だけど、彼はそんなモノをまったく感じさせない人だった。流行に敏感で、おもしろそうなモノには何でも興味を示し、私より芸能関係は詳しかったり、生活に関しても最新事情をよく知る人だった。

 それが、少し歩いただけですぐに足が疲れて・・・、そんな症状が出始まる。もともと営業でよく歩く人だったから、疲れが出たのかと初めは思っていた。少しゆっくりしようよ、と二人で温泉に浸かったこともあった。
山の空気を吸って、緑の中で露天風呂に浸かるのはとても気持ちが良かった。山の緑は、私のささくれ立った心もその大きな包容力で包みこんでくれるようだった。

 それが次第におかしな筋肉痛に悩まされ始める。次第に全身がだるくなり、力が入らなくなっていく。おかしいと思って病院を受診して。

 その日、残酷な病名を診断された。筋萎縮性側索硬化症(ALS)。治療法のない原因不明の病。

 きっと、誰より彼自身が大きなショックを受けた筈なのに、彼は、それを静かに受け止め、茫然と青ざめる私を「大丈夫だよ。」と抱きしめてくれた。

 出会ったばかりの頃の私がどれだけ不安定で、鬱病のようにいつも「死にたがっていた」ことを知っているから。

 本当は、叫びたかった筈だ。何故、自分がこんな目に?と。
 まだまだやりたいことがあったのに、と。
 彼は、そういうことを、ただの一言も洩らさなかった。

 最後まで、遺される私のことばっかり心配してくれた。

 その後も、筋力はどんどん低下していき、重い物を持てなくなり、歩けなくなり、車いすの生活を余儀なくされた。それでも、彼は会えばいつも嬉しそうだった。

「君に今日も会えた。それが今は何より嬉しい。」

 それは、暗に来年はもう来ない・・・。そういう笑顔で、それが悲しくて、私はいつも別れ際、泣いて泣いて、彼を困らせてばかりいた。

 私は彼に出会って、やっと仕事をする気力を取り戻し、日常に参加するエネルギーをもらって、彼の存在にすべて頼ったままで生きていた。

 それを分かっていたから、彼は、私に仕事は辞めるなと言った。自分がいなくなった後、生きる理由、いや、生きなければならない理由を私に与えておきたかったのだろう。

 しかし、最後にはベッドの上からほとんど動けなくなった彼を、私は放っておけなかった。内緒で会社を辞め、出来るだけ彼のそばにいた。彼の家に入り浸って、彼のお母さんの手伝いをし、朝と夕方、彼の世話をした。
最後は呼吸筋が動きを止めて、死に至る。

 それを分かってはいでも、呼吸補助の機械を付けて生き延びることを彼は頑として拒んだ。
 自分の身体が、もう時を止めようとしているのに、機械に生かされたくなんかない。

 怒ったようにではなく、ものすごく静かな瞳で彼は言った。一切の延命措置は断ると、誰にも相談せずに決めてしまった。

 本人の意思が最優先だけど、彼の気持ちも分かるけど、私は、一分でも一秒でも、長く生きて欲しかった。

 同じ時間を過ごしたかった。巡る季節を、僅かでも感じたかった。
 もうすぐ桜が咲くのに。
 もうすぐ風に緑の匂いが香るのに。
 彼は、それを待たずに逝ってしまった。

 最後の数ヶ月は息が苦しくて、いつもぜいぜいいってたのに、私が行くと笑顔を見せてくれた。精一杯、笑顔を残してくれた。



 
 どうして?
 どうして?
 ひどいよ、神様。




 私は、やっと彼に出会って、生きていけそうだったのに。
 やっと、生きる意味を見つけたのに。






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