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Stories of fate


Horizon(R-18)

Horizon (夏の終わり) 46

 あるとき、洗濯物を抱えて廊下を急ぐ菫さんとすれ違った。それを見て、私は不意に思い出した。

「あ、菫さん、ごめんなさい、もう一つ洗って欲しいものがあるんだけど。」

 たたまれたまま使っていないガウンに、昨夜、やつが冷酒を溢していやにお酒臭くなっていたのを思い出したのだ。

「はい、今取りに伺います。」
「ううん、今、私が持ってくる。」

 私は急いで信長の部屋に駆け込んで、それを掴んで戻ってくる。うえ~、やっぱりまだ匂いが残っている。

「これ、お願いします。」
「ありがとうございます。」

 受け取って菫さんは微笑み、そして、笑顔のまま言った。

「鴻子さまは、本当に旦那さまを愛してらっしゃるんですね。」
「へっ?」
「あんまりそういうご夫婦に出会わないから、むしろ、新鮮です。」
「そんなことないと思うけど・・・。」
「そうですか?でも、少なくとも、旦那さまは鴻子さまのこと、愛してらっしゃる・・・というより、可愛くて仕方がないって感じですけど?」
「それこそ、そんなことないって。」
「あら、だって、鴻子さまを見てらっしゃるときって旦那さま、ものすごく嬉しそうな優しい目をしてらっしゃいますよ。」

 ・・・それは、勘違いというものでは。
 やつが優しい目をすることなんて滅多にないって。だいたい、私、信長には常に喧嘩腰だし。

「お帰りになった瞬間って、大抵、ものすごく疲れた不機嫌な顔をしてらっしゃるのに、鴻子さまと夕食に現れたときって、空気が格段に柔らかくなってますよ。」

 私は、仕方なく、そうなんだ・・・、と笑って別れた。

 それは、私を散々いたぶってすっきりしたからだよ!とはさすがに言えなかった。
 そして、ふと考えてみる。
 自分の心について。
 そういえば、本当に、私は信長をどう思ってるんだろう?

 それまで恋愛経験らしきものもさっぱりなかった私には、比較、ということも出来ないし、‘好き’とか‘愛’とかがまるで分からない。

 だいたい、親、或いは、親に相当する相手に確かに愛されたという実感も記憶もないのだ。
 ‘愛’が何なのか、私には分からない。

 そして、似たような匂い、私の歪みには到底及ばないけど、どこか信長にもそういう匂いを感じてしまうのは気のせいだろうか?

 それは、菫さんやみなとさんなど、マトモな家庭でマトモに育てられたんだな、という健全な空気に触れる機会を持つようになって初めて分かったことだ。

 彼女らは家が遠いらしく住み込みでここにいるのだが、週に一度交替で家に帰っている。だから、気付くとどちらかがいない、という日があるのだ。毎週必ず帰るほど帰りたい家があって、会いたい家族がいる、ということが羨ましくはないけど、なんとなく、良いな、と思う。

 自分にあまりに縁のなさすぎることは、比較すら出来ないから、人間は羨ましいとすら感じないものらしい。
 だけど、たった一つ、分かったことがある。

 もし、信長が私に飽きて、もう要らないと感じて、殺すのも面倒になって外へぽん、と放り出されてしまったら・・・と考えてみたとき。

 それは、ひどく恐ろしい想像だった。

 せっかく得られた安定した生活を失うこととか、菫さんやみなとさんとのちょっとした交流ももうないのだ、とか、いつも私を気に掛けてくれる幸甚さんにもう会えないとか、そういうことよりも、何よりも、信長がもう私を見てくれない、ということを考えるのが辛かった。

 ほんのごくたまに見せる、きっと私にだけ見せる、ふっと笑ったひどく優しい目を、もう私には向けてくれないのだと思うことが。

 そして、あの夜の自分の涙のわけを知った。
 今まで、彼と暮らした沢山の女性に、信長は同じように共に生きることを夢見たのだろうか?という思いが、苦しかったのだ。

 私は、彼が自分にだけ興味を抱いて、私自身よりも私のことを把握している、という現実に、どっぷりと甘えて、むしろそれに満たされていたのだということが分かった。

 信長は、その表現方法が違うだけで、私にとっては‘親’と同じなのだ。

 子どもが、どんな仕打ちをされても、虐待され、殺されるまで逃げ出したりしないように、私は、私に興味を抱いて私を欲しがってくれる相手に、たとえどんな目に遭わされても、そう、殺されても良いからそばにいたかったのだ。

 ・・・ちぇっ。
 やっぱり、信長は、私よりも私のことをよく分かっていたのか。
 そして、菫さんやみなとさんの方が、むしろ私のことを理解していたのかもしれない。




 だけど、私の立場はあまりに不確かで、何もない。
 いつ、信長に「もう、良い、さよならだよ。」と宣言されるか、本当のところは分からない。



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~ Comment ~


そうですよね

前の続きですが、この物語を読んで不快だった、と表明するんだったら、黙って出ていってもう来ないで下さい、とおっしゃるのはわかります。

私は辛辣な批評はされたことはないのですけど、どなたかのところにコメントして、なんとなく誤解されてるかな、と思い、そういう書き方をした私も悪かったな、と思い、でも、反論してくれずに無視されたら、こっちも対処のしようがないな、と思い。

そんなこともありましたので、ネットのコメントって実にむずかしいと、びくついてしまうこともありますね。

それはそれとしまして、鴻子ちゃん、実はこういう扱い方をされるのが決して嫌いではないのかと……そこに心が伴っているのを感じ取っているからか。

他人の目にはこのふたりが素敵なカップルに映っているという描写で、ああ、そうなんだと気づかされたようなところもありました。

#460[2011/11/10 10:25]  あかね  URL 

Re: そうですよね

あかねさん、ううむ、難しい話題ですな。
いや、感想を述べていただくのは良いのですよ、きっと。
同じ作家さんの作品でも、これはな~…という好き嫌いはあるし。
ただ、誹謗中傷目的、という方に、返答のしようのないコメントをいただいたことがあって、キレただけでした(^^;

書評は良いのです。ただ、個々の作品ではなく、作家としての好き嫌いを語るなら、嫌いなら来なくて良いんですけど! ということですな。特に、これは閲覧にお金が絡んでないので。

まぁ、モラルの問題ですかね。信頼関係が出来ていれば、ある程度、辛辣なことを言われても真摯に受け止められるし。

鴻子の場合。
マトモな環境で育ってないことや、普通の人の普通の日常というものがすでに手に入れられない世界である、と自覚していることと、今後も、マトモな生活なんて、マトモな人生なんて送れる筈のないことを承知している。
というまず前提。
そこからスタートするので、殺されたり、ヤク中に堕とされたり、身体を売る仕事をさえられたり、ということと引き比べると。
今がマシ、という結論に至るから、今を維持するためには無意識に信長に気に入られようとする、ということもあるんだと思われます。
そして、根本的に、二人の相性みたいなのが、実は良いのでは? と。鴻子もけっこう言いたいことは言ってるしね。

なんとなく、仲良さそうにfateも見えるんだよな~
鴻子も何気にその気があるのかも。




#463[2011/11/10 11:37]  fate  URL 

涙のわけがわかったー。

信長は探していて、鴻子ちゃんを見つけた。
先の大告白があったのに、鴻子ちゃんたらぁ~

人はやはり必要とされるところを見つけると、安心するのですよね。

鴻子ちゃんは必要とされ、見つめられているけれど、
鴻子ちゃんが必要として、見つめるものは・・・
#2207[2012/06/18 22:00]  けい  URL 

けいさまへ

けいさん、

時代が違うから言葉遣いとか立場とかいろいろあるんだろうけど、
実際、信長と濃姫ってのもこんな感じじゃなかったろうか・・・とfateは思う。
戦国時代のカップルで好きなのは、信長と濃姫(でもこの二人に関しては記録が残ってないからなぁ)、それから木曽義仲と巴御前なんかだなぁ、と。
源義経と静御前はあんまり好みじゃないんだなぁ。

> 人はやはり必要とされるところを見つけると、安心するのですよね。

↑↑↑生まれたときに、一番祝福してくれる筈の相手に要らない、と捨てられているから、きっとその渇望は無意識下に深く重くあったんだと思われます。

最終的にすべての伏線を拾い上げたつもりです。
へへへへへ。
#2208[2012/06/19 07:01]  fate  URL 














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