簡単な食事を終えて、俺は、この子にとりあえず言葉を教えようと試みた。
意思の疎通が出来ないと何かと不便だ。
リビングに移動し、ソファに掛けさせ、俺はテーブルに腰かけて彼女の顔を覗き込む。
まず、自分の名前を覚えさせないといけない。呼びかけて反応を返す程度には。それから、俺の名前も覚えてもらった方が良いだろう。そして何より、最低限、yesかnoかの意思表示をしてもらわないと・・・。
「みどりちゃん、良い?君の名前だよ。みどり。み・ど・り。発音してみてご覧?」
みどりは一応話しかけられていることは分かるようで、俺の顔を見上げる。しかし、口を開こうとはしない。
「それから、俺の名前は御影素道。みかげ、そどう。分かる?」
僅かに、彼女の唇が動いた。おや?何に反応したのだ?
「みかげかな・・・?みどり?」
みどりは、み、という口の動きをして、止まる。とりあえず、自分の名前を呼ぶことはないのだから、発音させるとしたら、俺の名前の方が良いだろうと思い、「みかげ、だよ。み・か・げ。」と言うと、彼女は声を出さずに、唇の動きだけで、み・か・げ、と動いた、ように思えた。
「よしよし、良い子だ。」
俺は、みどりの頭を撫でる。さらさらと髪の毛が揺れる。
声が出ない訳ではないことは知っている。時々、この子が叫び声を上げるのを、隣で聞いていたからだ。驚いたときや、味噌汁を溢してしまって熱さに驚いたときなどに悲鳴をあげる細い声を聞いたことがあった。
咄嗟に上げる声以外、話すという行為をどうして良いのか分からないのか・・・。
みどりはそのまま大人しくソファに座っていたので、俺は音楽を低くかけて、書斎へ向かう。
俺は仕事は早い方だったが、ちょっとでも休むと途端にたまってしまう。大きな一本の仕事、というものではないから、常に何かしら依頼があって、常に小さな仕事をいくつも抱えているのだ。
しばらく仕事に没頭し、ふと人の気配に気付いて振り返るとみどりがおろおろと立っていた。
彼女がいることをすっかり忘れていた俺は、しまった、と思う。誰かと暮らしたことがないので他に人がいることをすぐに忘れ去ってしまうのだ。
「どうしたの、みどりちゃん?」
俺は椅子から立ち上がって彼女のそばへ歩いていく。
みどりは放心したように俺を見上げたまま動かない。彼女の身体に触れて、そして、俺は、あらら・・・と思う。そうか、トイレの場所もやり方も教えていなかった・・・・。
「いや、俺が悪かったね。」
濡れた彼女の服を脱がせる。とりあえずバスタオルで彼女の身体を包み、二階の物置から母の残した衣類をあさる。比較的マシだろう、と思われるものを数点ひっつかみ、それを着せる。そして、彼女をトイレまで連れて行って場所を見せた。
「良い?ここがトイレだからね?次から一人で出来るね?」
病院でもトイレは一人で出来るようになっていたはずだった。みどりは、記憶にある病院のトイレとそことを比較するかのように、トイレをじっと見つめた。
「大人の女性だと思うから混乱が生じるんだよな。生まれたばかりの赤ん坊だと思えば良いんだ。」
俺は自分にぶつぶつと言い聞かせながら、みどりが汚した床を掃除した。
意思の疎通が出来ないと何かと不便だ。
リビングに移動し、ソファに掛けさせ、俺はテーブルに腰かけて彼女の顔を覗き込む。
まず、自分の名前を覚えさせないといけない。呼びかけて反応を返す程度には。それから、俺の名前も覚えてもらった方が良いだろう。そして何より、最低限、yesかnoかの意思表示をしてもらわないと・・・。
「みどりちゃん、良い?君の名前だよ。みどり。み・ど・り。発音してみてご覧?」
みどりは一応話しかけられていることは分かるようで、俺の顔を見上げる。しかし、口を開こうとはしない。
「それから、俺の名前は御影素道。みかげ、そどう。分かる?」
僅かに、彼女の唇が動いた。おや?何に反応したのだ?
「みかげかな・・・?みどり?」
みどりは、み、という口の動きをして、止まる。とりあえず、自分の名前を呼ぶことはないのだから、発音させるとしたら、俺の名前の方が良いだろうと思い、「みかげ、だよ。み・か・げ。」と言うと、彼女は声を出さずに、唇の動きだけで、み・か・げ、と動いた、ように思えた。
「よしよし、良い子だ。」
俺は、みどりの頭を撫でる。さらさらと髪の毛が揺れる。
声が出ない訳ではないことは知っている。時々、この子が叫び声を上げるのを、隣で聞いていたからだ。驚いたときや、味噌汁を溢してしまって熱さに驚いたときなどに悲鳴をあげる細い声を聞いたことがあった。
咄嗟に上げる声以外、話すという行為をどうして良いのか分からないのか・・・。
みどりはそのまま大人しくソファに座っていたので、俺は音楽を低くかけて、書斎へ向かう。
俺は仕事は早い方だったが、ちょっとでも休むと途端にたまってしまう。大きな一本の仕事、というものではないから、常に何かしら依頼があって、常に小さな仕事をいくつも抱えているのだ。
しばらく仕事に没頭し、ふと人の気配に気付いて振り返るとみどりがおろおろと立っていた。
彼女がいることをすっかり忘れていた俺は、しまった、と思う。誰かと暮らしたことがないので他に人がいることをすぐに忘れ去ってしまうのだ。
「どうしたの、みどりちゃん?」
俺は椅子から立ち上がって彼女のそばへ歩いていく。
みどりは放心したように俺を見上げたまま動かない。彼女の身体に触れて、そして、俺は、あらら・・・と思う。そうか、トイレの場所もやり方も教えていなかった・・・・。
「いや、俺が悪かったね。」
濡れた彼女の服を脱がせる。とりあえずバスタオルで彼女の身体を包み、二階の物置から母の残した衣類をあさる。比較的マシだろう、と思われるものを数点ひっつかみ、それを着せる。そして、彼女をトイレまで連れて行って場所を見せた。
「良い?ここがトイレだからね?次から一人で出来るね?」
病院でもトイレは一人で出来るようになっていたはずだった。みどりは、記憶にある病院のトイレとそことを比較するかのように、トイレをじっと見つめた。
「大人の女性だと思うから混乱が生じるんだよな。生まれたばかりの赤ん坊だと思えば良いんだ。」
俺は自分にぶつぶつと言い聞かせながら、みどりが汚した床を掃除した。
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