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Stories of fate


サードゥ ~修行者・遊行者~(R-18)

サードゥ 3

 名前がないと、とりあえず呼びかけられないなぁ、と俺は思う。

「君、・・・名前どうしようか?」

 車を運転しながら、俺は助手席のその子を見る。病院のパジャマから、とりあえず、母が着ていた服が車に積んであったので、それを着せてみた。母も小柄な人だったが、その子もあまり体型が変わらないのか、なんとか服の中に収まっている。

 母が、たまにパジャマ代わりに着ていた長袖のTシャツと生地の薄いウエストがゴムの白いパンツだ。若い子が着るとそれなりに見えるから不思議だ。

 彼女は俺の問いかけに何の反応も示さない。

「雰囲気が日本的だから・・・、ひらがなの名前が良いね。そうだね・・・」

 俺は思案を巡らす。

「すみれちゃん?さくらちゃん?・・・なんか、花ばっかりだな。まゆちゃん、みどりちゃん・・・」

 不意に、ぴくりと彼女が反応した、ような気がした。顔を向けると、彼女は無表情のままだったのだ。

「そうか・・・、みどりちゃん?もしかして、‘碧’かな。」

 家に着いて、俺は車庫に車を入れる。家、と言っても、父の別荘だった建物だ。本宅は俺は今はほとんど使用していない。だいたい、白樺林の中のこの別荘を使っている。環境が静かでないと仕事が出来ないのだ。

 俺の主な仕事は文章を書くこと。

 作家・・・というものでもない。俺の名前が世間に出ることはあまりないのだ。いわゆるゴーストの仕事が多い。現代モノの短編から、時代長編、ミステリーやホラーまで幅広い。そして、文章を書く仕事は何でも受ける。写真に添えるコメントのようなものから、新聞や雑誌の記事、ちょっとしたテレビの脚本や、ノンフィクションのドキュメンタリー、そして、翻訳の下訳といったものまで。

 それでも、本気でそういう職業を必要としている人からの依頼ではけっこうな報酬をもらえるので、ちょっと名の通っている作家くらいの収入にはなっているかもしれない。

 父も、そういう、文章を書くことを生業とする男だった。(さすがにゴーストではなかったが。)
 だから、彼もこの別荘をよく利用していたと母から聞いていた。

 みどり、と呼ぶことにしたその子は入院していたと言っても自分の荷物というものがほとんどなかったので、使っていた洗面用具くらいしか持ち物はない。

 俺は、しばらく積みっぱなしだった母の荷物を抱えて車を降り、そして助手席にまわって、ぼうっとしたままの彼女からシートベルトを外し、手を引いて車から下ろしてやる。

 まだ彼女には消毒薬のような、病院特有の匂いがしみ付いていた。まったく逆らうことをせず、みどりは俺に手を引かれて素直に玄関へ進む。自分の靴を脱ぎながら、みどりには靴がなかったので売店で買ったスリッパを履かせていたのだが、それを脱がせて家の中にあげる。

「もうお昼になるか。」

 時計を見て、俺は息をつく。みどりは俺が手を離した廊下に突っ立ったままだ。どこか戸惑ったような色が瞳に浮かんでいる。

「みどりちゃん、ちょっとまだ客間を片付けてないし、君、どうせ一人では困るだろうから、俺の部屋で一緒で良いよね?」

 返事を期待せずに俺は彼女の顔を覗き込む。当然、言われていることを理解していないから、みどりの目には何の表情も浮かばなかった。

「昼食を用意するから、キッチンへ行こうか。良い?これから、食事するときはこの部屋だからね?」

 キッチンと言っても、リビングとほぼ続いている。玄関から入って右寄りに、すぐに開けたふきぬけがあり、そこがリビングになっていて、窓よりにソファとテーブルがあり、テレビが一応置いてある。電源は入るが、滅多に観ることはない。その奥がキッチンで更に奥へ進むと倉庫がある。お酒や米、それから薪が置いてあるのだ。

 玄関を入って左側に書斎があり、私はほぼ一日そこにいる。その奥の扉を開けると寝室。そして、二階に客間が二部屋ある。が、現在、そこはほぼ物置と化している。

 お風呂とトイレは、書斎にもリビングにも寄らずに、玄関からまっすぐ進んだ一番奥だ。ログハウス風のここは、いかにも別荘という造りだった。

 周りは静かな白樺林が広がり、しばらく歩くと、他にも数軒、似たような建物があるのが分かる。しかし、ほぼ、誰もが別荘としての用途で使っているらしく、あまり人を見かけることはない。



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