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Stories of fate


Horizon(R-18)

Horizon (まどろみの悪夢) 9

 しっかり覚醒した後に無駄に二度寝をしたせいか、悪夢をみた。
 夢とはいえ。忌まわしい過去の反芻の、まさに悪夢だった。




 その日、何も荷物を持たずにふらりと施設を出て、町をウロついた私は、日が暮れてきてさすがに途方に暮れた。今夜はどこに寝ようか?と思案した。

 知り合いとか、親戚とか、そういうものが一切ない私は、ぼんやりしたもの欲しそうな目をしていたのだろうか。隙だらけだったことだけは分かる。

 街の、道の脇の歩道と車道の境目に腰を下ろしていた私に、一見、ごく普通の青年、に見える男が声を掛けてきた。シックな色合いのシャツに暗い色のジーンズ、スニーカー。ごく普通の学生に見えた。

「彼女、どうしたんだい?彼氏にすっぽかされた?」

 特に私に興味がある、という風ではなくて、彼も人待ち顔で路上に座る私の横にすうっと立ち止まった。
 私は、初め、さすがに警戒して黙っていた。なるべくそいつの方は見ないようにしていた。

「俺も、ちょっと人待ってんだけど、・・・もしかして、待ちぼうけかなあ・・・。」

 彼は何度も時計を見る気配がしていた。それでも、私は相手がすぐ現れてそいつはいなくなるんだろう、という気がして、相変わらず黙って地面を見つめていた。

 思考は、すでにそこから離れて、お腹が空いたなあとか、今夜をどうにか乗り切っても何か働くとかしないとどうしようもないよな、と現実的なことも考えていた。

 だけど、何故かそういうことを具体的に考える気にはならなかったのだ。
 私は、もともとマトモな世界でマトモに生きていこうという健全さが薄かったのかもしれない。

 働くのがイヤだとか、そういうことではない。
 望まれずに生まれ、社会の厄介者の部類でそれまで生きてきて、これからもそういう祝福されない命としての自分にすでに見切りを付けていたというのか。

 だから、今思うと、私はそういう悪い運命を自分から引き寄せていたんだろう。

「・・・はは。やっぱりそうだよなあ・・・。」

 不意にどこか自嘲的に、呟くようにそいつは言う。その声が少し沈んでいて、私は初めてその男を見上げた。
・・・あれが演技だったとは。

 そいつは、本当に泣きそうな情けない表情で、必死に涙を堪えているように見えた。

「さ、帰ろうかな。さすがに。」

 そう言って、私を見下ろして、ちょっと泣きそうに笑った。

「君の待ち人は来れば良いね。」
「・・・私は・・・。」
「何時の待ち合わせ?」
「・・・。」
「あ、ごめん。・・・俺、実は半日待ってたんだ。」
「半日?」

 私はさすがに驚いた。本気で少し同情してしまった。それから、なんとなくぽつぽつと話を始めて、私は親も兄弟もいないことと、施設を飛び出してきて、行くところがないことなんかを話した。その途端、そいつの目がイヤな色に光ったことを、私は気付いていたのに、気のせいだと思い込んだのだ。

 本当に世間知らずのバカだった。そして、どこかで分かっていたのに、自分で自分を貶めていたのかもしれない。

 他にも人がたくさんいるからウチに泊まれば?と誘われて、ちょっとは警戒したものの、結局私はそいつについて行った。そして、連れて行かれたのは、大きな建物の一室。

「こんな大きなビルに、貸部屋でもあるの?」

 私は不安になって聞いてみる。そこは、繁華街の一角で、看板には建設会社の名前があり、その男は、大きなガラス張りの玄関の脇の、狭い階段を上って行くのだ。

「住居スペースがあって、若者のたまり場みたいになってるんだよ。君と同い年くらいの子も何人かいるよ。」
「・・・家出人?」
「遊びに来てるだけの子とかもいるんだ。」

 そいつはあまり私と目を合わせずにそう言った。

 案内されたその部屋には、確かに他に数人の女の子たちがいた。しかし、何かおかしいと思う間もなく、その部屋にあっという間に閉じ込められてしまった。

 叫んでも、もうどうにもならない。

 6畳ほどの窓もない狭い薄暗い部屋。そこに、虚ろな瞳の10代くらいの女の子たちが数人ぼんやりと座っていた。

 ここは・・・何?
 話し掛けてもその子たちからは、マトモな返事なんて返ってこなかった。

 そして、その夜から、私は入れ替わり立ち代りやってくる男たちに好きなように弄ばれたのだ。

 初めて男を知った夜。その痛みと暴力に、それに抗う術が一切ないという事実に、私は自分の身体が女であることの悲哀を呪った。生物に雄と雌があることへの不条理のようなもの。その機能をこんな風に利用されることへの絶望のような、奈落を見た。

 そして、意思とは関係なく自分の身体が絶頂を迎え、男を身体に受け入れることへの悦びに慣らされていくことに死ぬほど抵抗した。

 身体への暴行に加え、卑猥な言葉に寄る精神的陵辱。
 疲れ果てた身体には、自殺できるほどの体力が残っていなかった。それで、死ねずにいたようなものだ。

 そこにいたのは他に数人・・・、正確な数は分からない。他の子たちは、呼ばれるとそこから出て行って、しばらく姿を消すのだ。きっと、指名されてどこかへ出張サービスに出かけるとか、そういう類のことだったんだろうと思う。だから、その場で犯されるのは、だいたい私一人だけだった。そこは寝室も兼ねていたらしく、私が泣き叫ぶのを他の子たちはとても迷惑そうだった。

 その場に現れて私を抱いていたのは、恐らく仲間内の男達で、いずれ、稼がせるために調教していた、ということだろう。一人だけを相手にすることなんて少なかった。だいたい、私が暴れると一人が押さえつけ、口をふさぐ。そして、もう一人が思う存分欲望を満たし、私の身体を汚して果てた。そして次は役目を交替する。

 数人が終わるともう全身が生臭い精液でべとべとになる。
 最後に、部屋の奥にあるシャワーだけは浴びさせてもらえる。
 そして、死んだような眠りが訪れる。

 食事だけは与えられ、薄いローブのようなものを毎日一枚渡されるだけで、他には何も、下着すら身につけることは出来ない。部屋の扉には外から鍵がかけられ、自由に出来るのはトイレとシャワーだけ。

 狂ってしまった方がマシだと、本当に思った。

 時間の概念がもうなくなり掛け、一切がぼやけ始めていたとき、私は不意にその部屋から出された。

 そして、別の部屋で着替えさせられ、白いワンピースというごく普通の格好をさせられた。そして、何も知らされずに、応接室のような部屋に連れていかれたのだ。

 そこにいたのが、信長だった。

 茶色の革張りの大きなソファが向かい合わせに置かれて、中央のテーブルは綺麗な木目の厚い板だった。信長は、そのとき真っ黒なスーツを着て、グレーのネクタイをしめていた。その場のどこか淀んだ空気にそぐわない、不思議に澄んだ空気をまとっているように見えた。

 彼は、私を値踏みするように見つめて、ふうん、と笑う。

 そして、彼は向かいに座っていた、いかにもヤクザ風の大男に頷いてみせた。そして、その男に何か紙切れを手渡す。それが小切手だったらしい。

「ラッキーだったな、お嬢さん。」

 私をそこへ連れてきた若い男がそう言って、私を信長に引き渡した。信長は、何がなんだか分からず、ぼうっとしたままの私の手を引き、そのまま地下の駐車場に停めてある彼の車へと案内する。

 そう。
 彼が自分で車を運転する助手席に乗ったのは、後にも先にも、あのとき一度きりだ。信長は、あのとき、誰にも内緒であそこを訪れたのかもしれない。

 何かを聞きたそうな私の視線に応えて、彼が微かに笑った。その笑顔が、もう大丈夫だよ、と言っているような気がしたのは、私の心がそのとき相当弱っていて、差し伸べられる手に、ただ必死ですがりつきたいだけだったからに過ぎないのかもしれない。

 そうして、私はこの家にいるのだ。

 仕事をさせられる前に信長に買い取ってもらえたお陰で、私はあそこにいる憐れな少女たちの仲間入りはせずに済んでいる。少なくとも今のところは。




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