FC2ブログ

Stories of fate


月の軌跡(R-18)

月の軌跡 (余命宣告) 67

 不思議なことに、それ以来、澪の病状は目に見えて快方に向かった。そして、あっという間に退院が決まって、明日には退院という夜。柊が退院の準備を手伝って残っていたとき、不意に扉を遠慮がちにノックする音が響く。退院が決まったことを知った哲也は、じゃあ、あとはアパートで待ってるから、とその日は来ないことが分かっていたし、もう面会時間も終わる頃で、訪ねて来る予定の誰もいないはずだった。

「はい・・・?」

 柊が返事をすると、そっと扉が少しだけ開き、そこに立っていた細いシルエットの人物は、中へ入るのを躊躇っているようだった。

 柊が、誰?と言ったのと、ルカさん・・・と、澪が呟いたのが一緒だった。

「・・・え?」

 と、柊は、扉の向こうではなく、澪を振り返った。

 澪は、静かな瞳をしていた。そこには、恨みや怒りや、そういう負の感情は何も見出せなかった。それにほっとして、柊は、尚も躊躇っているらしい訪問者へ向かって行き、扉をすうっと開けた。

「あっ・・・あの、退院されるって聞いて。・・・その、お祝いに・・・。」

 ルカは、無表情に彼女を見つめる柊の視線におどおどと言った。手には、薄い桃色のバラの花束を抱いている。

「ありがとうございます。」

 どうしても冷ややかになってしまう柊の声に、ルカは、彼の目を見返す勇気はないようで、ベッドの上の澪に視線を走らせた。そして、澪の瞳の温かさに打たれたようにはっと立ちすくむ。

 そして、微笑んで、ありがとう、と唇を動かした澪を見つめたまま、突然、はらはらと涙を零し始めた。

「・・・ご、ごめんなさい。」

 柊は呆気にとられて彼女を黙って見つめる。

「ごめんなさい。私、ひどいことを言って・・・。それに、それに、多田さんが、あんなことをするなんて・・・そのために私に近づいたなんて、そんなこと信じたくなくて・・・。ごめんなさい・・・。」

 澪は、それほど驚いた様子もなく、ただほんの少し切なそうな表情でルカを見つめていた。柊は、事件のことを蒸し返すようなルカの言葉に眉をひそめたが、澪の瞳に動揺が見られないことにほっとしてルカに視線を戻した。

「柊、・・・私、ルカさんと少しお話して良い?」

 柊の心の動きを敏感に感じ取り、そして、ルカをもう帰したがっている彼の様子に、澪は少し遠慮がちに聞く。

「・・・良いよ。」

 柊は、澪の瞳の確かな光を認めて答えた。

「俺は、予備の花瓶を探して水を汲んでくるから。」
「ありがとうございます。」

 澪は微笑んだ。彼女の笑顔を見たら、何故か、もう、大丈夫だ、という気がした。柊はちらりとルカを一瞥して病室を出て行った。




 大分ゆっくりと戻ってみると、ルカと澪は、もう何事もなかったかのように打ち解けて、笑いながら話をしていた。一体なんだろうなあ、と柊は苦笑と共に、本気で不思議に思う。女ってよく分からない。
 



関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 紺碧の蒼
もくじ  3kaku_s_L.png 真紅の闇
もくじ  3kaku_s_L.png 黄泉の肖像
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 2
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 3
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 4
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 外伝集
もくじ  3kaku_s_L.png 蒼い月
もくじ  3kaku_s_L.png 永遠の刹那
もくじ  3kaku_s_L.png Sunset syndrome
もくじ  3kaku_s_L.png 陰影 2
もくじ  3kaku_s_L.png Horizon(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png Sacrifice(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png 閑話休題
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←月の軌跡 (余命宣告) 66    →月の軌跡 (余命宣告) 68
*Edit TB(0) | CO(0)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←月の軌跡 (余命宣告) 66    →月の軌跡 (余命宣告) 68