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Stories of fate


月の軌跡(R-18)

月の軌跡 (現れた闇) 64

 澪は、ルカの態度がよそよそしくなっても、どこか軽蔑的な視線を向けられることがあっても、それでおどおどしたり、卑屈になったりすることはなかった。哲也の態度がまったく変わらなかったことも救いにはなっているかもしれない。彼は、変に同情的な目をしたり、気を使ったりする様子もなく、いつもの通り二人には淡々と接し、必要以上に近づいても来なかったし遠のきもしなかった。

 いつの間にか、すとん、と夏は終わり、気がつくと空が高く澄んでいて、風がぬるんでいる。

 夏休み中でも普通に補講があり、ほとんどの科目の補講を進んで受けていた澪は、授業と変わらない時間を学校で過ごし、気がつくと後期の授業が始まっていた、という感じだ。

 ルカとは、もうほとんど顔を合わせることがなくなり、あまり近所に話せる友人がいない澪は、多少寂しさを感じていた。

 そんなある日、放課後の澪を一旦家に置いて柊が仕事に戻ったのを見計らって、澪が一人でいる部屋を多田が訪ねたのだ。

 呼び鈴に答えて、澪は不用意にも相手を確かめずに扉を開けてしまった。
 そこに立っていた男の姿に、澪は息を呑んで声を失う。

「驚きましたね。こんなところでお会いすることになろうとは。」

 彼は侮蔑的な笑みを浮かべて、扉を閉めようとした澪の手を乱暴に掴む。

「やめて!離してください!」

 澪は叫んだ。多田は彼女の腕をつかんだまま、部屋の中に押し入ってくる。

「忠志があなたと別れたことは聞いていたけど、まさか、こんなことになっているとはね。」
「人を呼びます!」

 青ざめる澪に、多田は冷ややかに笑い、後ろ手でドアを閉める。

「こんな時間、まだ誰も帰っていませんよ。」
「離して!離してくださいっ」

 暴れる澪を乱暴に床に投げ出して、多田はひとつ息をついて、ネクタイを直す。

「君の過去は全部、忠志から聞きましたよ。それを知った近所の住人の反応は見たでしょう?」

 澪は、肩で息をしながら、ただまっすぐに彼の目を見据えた。

「世間の中にいれば、必ずそういう目に遭いますよ。一生ついてまわるんですよ。耐えられますか?」
「・・・あなたに関わりのないことです。」
「ああ、なるほど。」

 澪の揺るぎない瞳の光に、多田は冷笑する。

「では、関わりを持ちましょうか。」

 近づく多田に、澪はぞっとして後ずさる。

「触らないで!」
「忠志があんなに早くあなたを手放すと分かっていたら、私が先に名乗りをあげたでしょうに。ご実家からも早々に姿を消されて、探しましたよ。こんなに近くにいるとは思いもしませんでしたが。」

 ケモノの雄の目だ、と澪は身震いする。初めて柊の目を見たときの恐怖とは微妙に違う。いや、嫌悪感は同じかもしれない。しかし、今、明確に違うのは、彼女には‘恋’する相手がいる、という事実だ。

 澪は、立ち上がってキッチンの流しへと走る。
 そして、手にしたのは、魚をさばくときに使う刃渡りの長い光る包丁だった。
 それを見て、多田は驚くと同時に不快な色を浮かべた。

「そんなモノでどうしようっていうんです?今度は殺人の汚名も着るつもりですか?」
「あなたが、少しでも私に触れたら、・・・私は死にます。」


 震える声で、しかし、凛と落ち着いた瞳で、澪は言った。

「そんなマネ、あなたには出来ませんよ。」

 多田は鼻で笑う。

「やってごらんなさい。」

 死ぬことに、澪はそれほど躊躇いはなかった。

 ただ・・・。
 君を幸せにしたいと、償うことが‘愛’だと、そう言って抱きしめてくれた柊を、それを果たすことのないまま、一人置いていくことだけが悲しかった。彼が、自分の死を嘆くだろうことだけが苦しかった。

 彼を、・・・もう苦しめたくなかった。
 その思いが、一瞬の躊躇になった。

 はっと気付いたとき、澪は腕をつかまれ、刃物は多田の手に取り上げられていた。

「離して!やめてっ!・・・柊!・・・いやあぁぁぁっ」

 キッチンの床に組み伏せられ、澪はありったけの声を上げる。それに苛立った多田が、彼女の頬を打ち据えた。
 顔を殴られた痛みと恐怖に澪は声を失う。

「どうせ、あの男もこうやってあなたを手に入れたんでしょう?結局、女は自分を支配する男に従うように出来ているんですよね。」

 驚きと恐怖で混乱していた澪は、言われた意味がよく分からなかった。

「私なら、世間からあなたを守りきってみせますよ。もう、一歩も外へ出なくて済むように。」

 男の目、そしてその生臭さ漂うような息使いに、澪は一瞬意識が遠のきかける。叫ぼうにも、もう、声はつっかえたように出てこなかった。

 助けて・・・、柊・・・。

 多田が、彼女の衣服を剥ぎ取ろうとした瞬間、不意に、息せき切ってノックもせずに哲夫が飛び込んできた。

「澪さんっ?どうし・・・」

 そして、目の前の光景に彼の目はすっと冷えた。逆上して多田に飛び掛ったりせずに、彼はポケットから携帯電話を取り出して、警察へ連絡を入れたのだ。



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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~


隣人たち

またまた息詰まる展開になってきていますね。
ルカさんの反応を読んで、ああ、俗人はこんなことを言うかもしれないと思い、ふっと現実に立ち戻ったり。

哲也くんは自分も苦労をしてきたというだけあって、なにかにつけて冷静沈着だと、そこでまた別の現実を考えたり。

このカップルはふたりだけで生きているわけではないのだなぁと、現実的に考えてしまう回でした。
#2097[2012/05/11 00:40]  あかね  URL 

Re: 隣人たち

あかねさん、

さすが、いいところに目をつけてくださいました!!
これ、世間との関わり、そして関わることの楽しみと苦しみと煩わしさ、そして、救い。そういうものを一気に込めました。
隣人たちと関わったりしなければ、苦しむこともなかった。
だけど、関わりを持っていたからこそ、哲也くんに間一髪のところで助けられたりしたのです。
田舎者のfateくんは、隣人との関わりが普通で、でも、アパートに暮らして隣人の顔すら知らないという生活も知っているので、その狭間を描いてみようと、問題提起と共に、fateなりの収め方を模索してみました。
はい、本筋テーマからすでに著しく外れました(ーー;
こういうことを思いついて入れちゃうから、無駄に長くなるんです。
はぁぁぁ・・・

> このカップルはふたりだけで生きているわけではないのだなぁと、現実的に考えてしまう回でした。

↑↑↑おおおおお、鋭い切り口のコメント、ありがとうございます。
まさにその通りっ!!!
ヒトは一人では生きられない。そして、人と関わらずには生きられず、どうしたって、社会と、世間と関わらずには生活は成り立たないんです。
世間=世界ですな。
#2099[2012/05/11 07:50]  fate  URL 














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