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Stories of fate


月の軌跡(R-18)

月の軌跡 (現れた闇) 63

 ルカが現れなかった理由を、澪は特に尋ねなかった。

 その夜は、賑やかさには欠けたが、礼儀正しく頭の良い哲也が、大学の話しや実家の話を淡々と語ってくれたお陰で、澪はにこにことそれに聞き入り、静かで良い時間を過ごすことが出来た。

 残った料理をプラスチックの容器に詰めて、柊は帰り際、哲也にそれを持たせる。そして、ちょっとお酒を買ってくるよ、と哲也と一緒に外へ出た。

「今日は、ありがとう。」

 そう言って、ちょっと苦しそうに何かを話し始めようとした柊に、哲也は微笑んだ。

「京島さん、お二人が、ずっと順調にきたわけじゃないってことは僕にも分かります。だいたい、まだ高校生の澪さんが、今、結婚を急ぐ理由だって、学年が1年遅れていることだって、すでにそれを物語っているでしょう?話したくないことは誰にでもあるし、僕は敢えてそれをお聞きしたいとは思いません。」

 哲也は言いながら、ふと夜空を見上げて黙った。柊はその僅かな沈黙に大きく息をつく。

「・・・ありがとう、そう言ってもらえると実はとても助かる。」
「違うんです。」

 哲也は、柊を見ずに言った。

「僕も姉も、実はけっこう悲惨な目にあってきました。そういうことって、あまり他人とは分かち合えないし、人に寄っては理解も許容も出来ないってことが、やっぱりあるんです。そして、もう、僕たちはそれをなんとか乗り越えて今を生きているんです。ですから・・・、出来れば、もう、触れて欲しくない。」

 哲也は、ゆっくりと柊を見てもう一度くっきりと微笑む。

「過去をさらすことだけが、人に対して誠実だなんて思いません。それが傷になっていて、どうしようもなく膿んでいるならともかく、そこを越えようとして、死に物狂いで今を保っているとき、興味本位の他人に話す必要なんてないんです。それが、或いは、生涯を共にする伴侶だったら別です。でも、僕たちは単なる隣人に過ぎない。いつか別れて二度と会わないかもしれない、その程度の関係です。今、せっかくお互いに良い関係で楽しくやっているんです。それで、良いでしょう?・・・僕も、僕と姉の辛い過去を、京島さんに話すつもりはありません。・・・同じです。」

 柊は、ただ、気の良い大学生と思っていた哲也のその静かな言葉に胸を突かれた。そして、彼の背後に満点の星空が広がった気がした。それは、彼の苦しんできた長い道のりに寄って照らされた、静謐な美しさだった。

「ルカさんは、きっと幸せで孤独で退屈していた、だから何か自分と違う世界に触れたかった。それで、彼みたいな人に惹かれてみたんです。虫が明かりを求めて迷うように、今、心が惑っているんだと思います。」
「君、本当は相当大人だね。いつもは仮面をかぶってるの?」

 柊は半ば本気でそう言った。

「まさか。・・・でも、どこか相手に合わせて使い分けちゃってるところはありますね。人格のスイッチを沢山持ってますから。」
「・・・なるほど。」
「僕、けっこう苦労人なんで、人を見る目はありますよ。京島さんご夫婦は、僕はとても好きですよ。ルカさんも、本当は良い人なんです。」
「それは、充分承知してる。」

 柊は苦笑する。

「とにかく、本当にありがとう。俺はちょっと販売機でビールを買って帰るよ。そうしないと、澪ちゃんが心配するからね。」
「ええ。おやすみなさい。」

 二人は手を振って別れる。ふと空を見上げると綺麗な月が光っていた。




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