何もかもが曖昧だった時期。
生きることさえ諦めようとして、心を閉ざしていた時期のことを、澪はもうおぼろげながらしか覚えていない。元夫の顔すら、彼女は思い出せなかった。だから、本当にそうなのか分からない。
だけど、多田俊彦の顔は、どこかで見たことがあった。
いつか、あの家に訪ねてきた親戚、だったような気がする。元夫の、従兄、或いは叔父、そんな近しい親戚の誰か。
覚えているのは、あの視線。
自分を舐めるように見ていた、絡みつくような視線、だった。
それ以上最悪のことなど他に思いつかない時期だったから、澪はそのときはさほど意に介さなかった。何が起ころうと心に変化が起こるとは思えなかった。失うものなど、とっくになかったのだ。
しかし、今、やっと手に入れた‘幸せ’だと思える時間の温かさ。
誰かの存在に癒され、守られ、そして愛する相手を支えられる喜びを、澪はやっと知ったばかりなのだ。
危ういバランスで、ようやく保っているガラスの城のような、きらきらと透明で、そして脆いこの宝物の時間。壊されたら・・・生きていけない、と誰よりも澪自身の、その身体が知っている。
生きることさえ諦めようとして、心を閉ざしていた時期のことを、澪はもうおぼろげながらしか覚えていない。元夫の顔すら、彼女は思い出せなかった。だから、本当にそうなのか分からない。
だけど、多田俊彦の顔は、どこかで見たことがあった。
いつか、あの家に訪ねてきた親戚、だったような気がする。元夫の、従兄、或いは叔父、そんな近しい親戚の誰か。
覚えているのは、あの視線。
自分を舐めるように見ていた、絡みつくような視線、だった。
それ以上最悪のことなど他に思いつかない時期だったから、澪はそのときはさほど意に介さなかった。何が起ころうと心に変化が起こるとは思えなかった。失うものなど、とっくになかったのだ。
しかし、今、やっと手に入れた‘幸せ’だと思える時間の温かさ。
誰かの存在に癒され、守られ、そして愛する相手を支えられる喜びを、澪はやっと知ったばかりなのだ。
危ういバランスで、ようやく保っているガラスの城のような、きらきらと透明で、そして脆いこの宝物の時間。壊されたら・・・生きていけない、と誰よりも澪自身の、その身体が知っている。
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