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Stories of fate


月の軌跡(R-18)

月の軌跡 (浮かび上がる悪夢) 58

「澪ちゃん、君って、頭良いんだね。」

 送られてきた成績表を見て、柊は感心する。食事を終えて彼はソファでくつろいでいた。そして、テーブルの上の郵便物を何気なく手にとって、それが澪の高校から送られてきた試験結果だと知ったのだ。

「あれだけ学校も休んで、家にいるときは、暇さえあれば料理してるだけなのに。」
「少しは試験勉強もしました!」

 澪は笑いながら夕食の片づけを始めている。

「ああ、良いよ、澪ちゃん、俺が洗っとくから。君は少し休んで。」
「大丈夫です。最近は調子良いんです。」
「良いときに、無理しちゃダメ!今はまだあったかいけど、これから秋が深くなって冬に向かうし。体力は温存しておいてくれよ。」

 言いながら柊はソファから立ち上がって食器を運ぼうとしている彼女の手から皿を取り上げる。

「今、ハーブティーを淹れてあげるから、座ってて。」
「私が淹れます。柊に任せると思い切り熱湯を入れてダメにしてしまうんですもの。」

 柊は苦笑する。

「じゃ、頼むよ。俺は片付けているから。」

 やかんでお湯を沸かす澪の小さな背中を見つめて、柊は、ふとその背中にくっきりした光を見た。それまで、彼女の姿はいつ消えてもおかしくないくらい淡い陰影を常に宿し、思わず抱きしめてその存在を確認しなければ不安なほどの危うさを湛えていた。

 今、彼女は確かに命の揺らぎをそこに抱いている、そういう気がした。それは、思いのほか、柊の心を温かいもので満たした。

 ここに、こうして生きて一緒にいられるだけで良い。
 言葉にして、そう、思った。




「そういえば、隣の彼女・・・、ええと、リナさんだっけ?」
「ルカさんですか?」
「ああ、そうだった。」

 あまり興味のない対象なのだろう。柊は顧客でもなければ、人の名前をあまりよく覚えていない。呆れる澪に、それでもさほど意に介さず、柊は続ける。

「さっき帰りがけに彼女に言われたんだけど、最近、上の階の人と話す機会があって、君の料理のことを話したら、そいつもぜひご相伴にあずかりたい、ということだったらしいんだ。今度、そいつも呼んで良いかな?って聞かれたんだけど。」
「・・・ええっ・・・???」
「なんかね、君をダシにしてるけど、俺は彼女はそいつのこと好きなんじゃないかと思ったよ。電車で偶然一緒になったことがあって、どこまでも一緒の道を歩いているから、あれ?と思ったら、同じアパートの住人だった、ってなんだか異様に嬉しそうに話してたんだ。」
「・・・それなら、喜んで。」

 初め、驚いていた澪は、不意に笑顔になって言った。

「そうやって、知らない人がどんどん知っている人になっていくのって、素敵ですね。」
「そうか。化学反応みたいだね。・・・結局、人は、やっぱり一人ではつまんないんだよね。他人と関わりたくないって人間もいるけど、大抵の人は、やっぱり寂しいんだと思うよ。」

 そういう穏やかな話をしているとき、不意に世界はまあるくなって、その中心にぽわんと明かりが灯るような気がする。澪はその瞬間が好きだった。それを繰り返す度に、生きていけるような気がしてくるのだ。

 しかし、それが意外な展開に向かうとはそのとき二人は予想だにしていなかった。




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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

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