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Stories of fate


月の軌跡(R-18)

月の軌跡 (嫉妬の行方) 51

 週明けに学校に行った澪は、突然、職員室に呼び出される。

 澪の態度に腹を立てた菜穂子が、同時に二人の関係性に疑問を抱き、柊のことを調べ、澪と彼の姓が違うことを知る。それを、学校側に密告されたのだ。

 両親は、明確な言及を避けていたし、澪も敢えて詳しい話はしていなかったが、それを校長と担任、そして進路指導の先生に突っ込んで質問をされた。

 血縁関係のある親戚や、医療関係者ではないことだけを告げ、澪は、黙った。
 あまりいろいろなことを言えば、いずれ、柊に迷惑が及んでしまう。
 澪が、頑として何も話さないので、先生方は仕方なく澪を自宅へ帰し、母親を呼ぶ。




 背景の事情はともかく、高校生が、男と同棲している状況を容認できないと学校側は言う。他の生徒への説明が出来ないのだと。停学或いは最悪の場合退学処分もあり得るという話をされ、母は、何も言えなかった。

 高校を卒業したいという澪の願いが強い限り、一旦、娘を自宅に引き取るしかないと母は考える。
 その足で柊のアパートに寄ると、彼は仕事中で、澪が一人部屋にいた。

 落ち込んでいるかと思いきや、彼女は嬉々としてキッチンをフル活用して料理の本を片手に片っ端からすべての料理を作り続けていた。

「・・・澪さん・・・、何、なさってるの?」

 思わず、玄関先で茫然と佇む母に、澪は少し疲れた表情で微笑んでみせた。

「身体を動かしていた方が、余計なことを考えなくて済みますから・・・。」
「そんなに沢山作って、あなたたち二人で食べ切れるんですか?」

 澪は、そうですね、とだけ言って、母親を中へ招き入れる。初めて母は、二人の生活の様子を垣間見る。
 何もかもが役割を持ってそこに存在しているような、質素ではあっても温かさのにじむ部屋の空気。

 整然と整えられた最低限の家具と調度品。そして、比較的大きな冷蔵庫に小さな食器棚。食材置き場と調理器具が一面を占めていて、その空間はどこかワイルドな荒々しさが感じられる。いつも綺麗に可愛らしく自分の部屋を整えていた澪の、意外な一面を覗いたような衝撃を、彼女は受けた。

 母親に紅茶を入れ、椅子を勧めた澪は、ちょっと待ってください、とコンロに向かう。並べられたディッシュをいちいち写真に収めている娘の行動を奇妙に思いながらも、母は、作りかけの料理を仕上げる彼女の背中を、ただ眺めていた。

「柊が、こうやって記録に残しておけば、自分の成長も分かるし、何かのコンクールに応募するときの資料になるからと・・・。」
「コンクール?」
「はい。あと、履歴書に添付する売り込み材料にも。」

 母は、淡々と話す娘の淡い笑顔に憐れみを感じる。本来なら、そんなことを考える必要などなく、幸せに生きられる将来を約束されていたはずだったのに、と。

「学校に伺って、先生にお会いしてきました。」

 母は、エプロンを外して向かい側に座った娘に、そう切り出した。

「このままでは、退学もあり得ると、そういうお話でした。」

 澪は、特に驚いた様子もショックを受けた様子も見せなかった。恐らく、ある程度の処罰は予想していたのだろう。

「京島と、別れなさいとまでは言いません。一旦、家に戻って学校を卒業する方向で考えた方が良いかと思いますよ。」
「いいえ。」

 澪は、即座に首を振った。

「もう、良いのです。」
「・・・何がですか?」
「私は、今、初めて幸せなんです。」




 家に戻って、最後に微笑んだ娘の輝くような、それでいて何故か消え入りそうな笑顔を思うと、母は何故かぞっとする。

 人が、死ぬ前の最後のきらめきを放つ瞬間の儚さを、否応なしに感じさせる目だったのだ。
 一度は、このまま助からないかも知れないと覚悟した娘の命。

 今、また何か異変が起こっているのだろうか?
 それとも単に、再び柊と引き離される予感の恐怖に、ただ怯えているだけだろうか?

 或いは、この短い時間に本来ならば関わらずに済むはずの、一生分の辛酸を舐めた彼女は、翻弄され続けた自我が、悲鳴をあげているのかもしれない。ようやく辿り着いた僅かの安らぎを奪われることは、あの子にとって、致命的な衝撃になり得るのかもしれない。

 想像に過ぎないそれは、しかし、限りなく真実に近い気がして、母は、背筋が凍りついた。
 幸せだと言った娘の笑顔を、守りたかった。どんなことをしても。



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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

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