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Stories of fate


ローズガーデン(R-18)

ローズガーデン (揺れる愛憎) 26

「どうしたの?万理男、真佐人!大丈夫?」
「優奈っ」

 それぞれの親が慌てて駆け寄ってくる。

「大丈夫なものか。刺されたんだぞ。」

 真佐人は言って、血のついたナイフを拾う。その鮮やかな血に双子の両親は息を呑む。

「大袈裟なことを言うなよ、兄さん。刺されたってほどじゃないよ。」

 まだ泣きじゃくっている優奈を抱いたまま、万理男は苦笑する。

「・・・い・・・いったい、どういうこと・・・」

 優奈の父親がうろたえ、真佐人は彼を睨む。

「どうもこうもあるか!殺人未遂だよ。警察を呼んでもらわないと。」
「け・・・警察・・・」
「それより、まずは救急車だな。」

 真佐人は携帯電話を取り出し、優奈の両親は更に青ざめる。

「だから、兄さん、かすった程度だから大丈夫だって。」
「毒が塗ってあったらどうするんだ?こいつは、お前を殺す気だったんだぞ。」

 そんな筈がないことは百も承知で真佐人はたたみ掛ける。

 ざわり、と周りの空気が冷えたことが感じられた。ひそひそと交わされる囁きが一層大きくなる。それまでもあまり良い噂のなかった優奈の両親はその空気の色に凍りつき、必死に取り繕おうと慌てる。

「ちょ・・・ちょっと待ってください。何故、娘が・・・」
「頭がおかしいんじゃないのか?」

 真佐人は冷たい目で彼を見据える。

「突然、叫びだしてナイフを向けてきたんだぞ。」

 すでに、真佐人は業界では有名な天才児だ。経済界にも知り合いを持ち、その恩恵に与ろうと近づく者がこのパーティ会場でも後を絶たない。彼の発言はそれだけで大きな威力を発揮する。優奈の父親は背筋にどうっと流れる冷や汗を感じてただおろおろするしかなかった。

「・・・ゆ・・・優奈・・・いったい・・・」

 父親はうろたえて娘の肩をゆすった。次第に、泣き声が弱々しくなって、優奈は眠り掛けていた。

 こ・・・っ、こんな、有名な双子を相手に、一体何がどうなっているんだ?
 父親はすっかりパニックに陥り、娘の心配は後回しになってしまった。

「優奈っ?」
「良いです、そっとしておいてあげてください。疲れていると思いますから。」

 乱暴に揺り起こそうとする父親の手をそっと止めて、万理男は彼女を抱いたまま立ち上がった。

「どこか、ソファでもあれば・・・」
「こちらにどうぞ。」

 最後に万理男と話していた女性が、にこりと案内する。奥の応接スペースに優奈を運んで、万理男はそこへ彼女の身体を横たえた。優奈は、すうすうと無邪気な顔をして眠り込んでいた。

 優奈の父親は茫然とそれを見送り、母親だけが、一緒にそばに寄って娘の傍らにそっと歩み寄った。

「お前も手当てしてもらえ。」

 背後で真佐人が言うのを聞いて、優奈の顔を切ない瞳で覗き込んでいた万理男は、頷いて立ち上がった。

「あの・・・」

 優奈の母が、万理男を見上げた。そのとき、彼女は確信めいたものを抱いていた。
 この男が、優奈の恋焦がれていた相手、子どもの父親だ、と。
 万理男は彼女に軽く会釈しただけでその場を後にする。

「・・・驚いたね。」

 万理男はそう言って、兄を見つめた。それは、優奈の行動に対してではなく、彼女の瞳に宿る、‘恋’の炎がまだ熱く燃え盛っている事実に対してだった。それは、激しい‘憎’の形をとってはいても、その炎の色は同じだったのだ。

 そして、あの部屋で最後にすがりついたときに彼女は同じことを言っていた。
‘捨てないで・・・’と。

 ふふん、と真佐人は笑った。想定内だよ、とその目は言っている。

 ざわざわと騒然としたままの騒ぎの中を抜けて、双子は別室へ向かって、ホテルの人間に救急箱を出してもらう。

「本当に警察呼んだの?」
「まさか。」

 皮膚の表面をかすっただけの傷は、もう血が止まり掛けていた。

「・・・これで、終わりかい?」

 手当てをしてくれたホテルの従業員が出て行ったあと、万理男は聞いた。

「ここまでのことをやらかしてくれるとは、正直思ってなかったけど、いずれ、どこかで再会はする予定だった。その後、どうしたいのかは、決めるのは俺じゃない。」
「どういう意味?」

 服を着ながら、万理男は言った。

「お前、なんで避けなかったんだ?まったく身を庇う素振りすらしなかったろ?あれが、もっと鋭い包丁か何かだったらどうなってたと思うんだ?」
「・・・さあ。そこまで考えなかったから。」
「じゃあ、何を考えた?」
「・・・そう言われるとね・・・。何も考えてなかったかな。」
「違うね。お前は彼女が自分を殺したいほど憎んでいるなら、殺されてやろうと思ったんだろ?」
「どうだろう?」

 本当に分からなくて、万理男は首を傾げた。

「そこまでは本当に考えが及んでいなかったと思うよ。ただ、あの子の必死な目を見たら、避けられなくなっただけだよ。」

 言いながら、しかし万里男は不意にはっきりと知った。

 違う。
 あの瞬間あの子を見たとき、狂気を宿した切ないほどに熱い憎しみと‘恋’の炎を見たとき、彼は初めて愛しいと、彼女を血の通った人間として、女として愛しいと感じたのだ。

 ふん、と真佐人は鼻を鳴らした。

「あそこまで騒ぎが大きくなって、しかも、業界中に知れ渡ってしまったんだ。あいつはもう嫁の貰い手なんて見つからないよ。お前、優奈をもらってやりな。」




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