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Stories of fate


ローズガーデン(R-18)

ローズガーデン (それぞれの日常) 21

 それでも、やっと冷静さを取り戻した両親は、泣き続ける娘に根気強く諭した。
 その男はお前を愛してなどいなかったのだと。
 子どもを堕ろして、忘れなさいと。

「そんなこと、ない。マリは優しかったのよ?」
「そんな優しい男が、どうして、お前をさらってこんなことをするんだ?」
「だって・・・それは・・・っ」

 名前も知らないあの男、マリが‘兄さん’と呼んでいた男が、優奈をさらい、陵辱し、そして、あの録画映像を使って彼女を脅したのだ。

 しかし、それを優奈は口に出来なかった。

「本当にお前を愛してくれたなら、せめてここへお前と一緒に来て、パパ達に娘さんをください、って頭を下げることが筋だろう?それもせずに、お前を家の前に放り出して、しかも、お前にすら本名を名乗りもしないなんて、おかしいと思わないのか?」
「・・・。」
「こんなこと、言いたくはないし、そう思いたくはないが、お前は遊ばれて捨てられたんだよ。そんなひどい男のことはもう忘れなさい。パパ達は、お前が無事に帰ってきてくれたら、もう他には何も要らないと決めていたんだ。忘れられないかもしれないが、もう考えるのはよしなさい。ともかく、優奈、お前がここに無事に帰ってきた。それでもう良い。」

 そう言って抱きしめてくれた父親の胸の温かさに、優奈は次第に心が揺れた。父親の言葉はもっともだった。
 では、マリは、自分を少しも愛してなどくれなかったのだろうか?あの優しさは何だったのか?

 時間が経過するごとに、優奈は、それまでいた日常に身体が馴染み、あの異様だった数ヶ月間を『異世界』のように感じるようになってきた。

 本当は、まったく幸せなどではなかった切り取られた狂った時間。
 あの中に存在していた自分は、自分ではなかった。

 数日経過した後、優奈はあそこにいたときの精神状態を優奈は遠いものに感じるようになっていった。息苦しく、いつでも切羽詰ったような恐怖と戦いながら、すがるものを必死に求めて暮らした永遠のような狂気の時間。

 あれは、愛ではなかった・・・。

 涙がつうっと頬を伝った。その、瞬間。優奈はぎくりとする。何かがお腹の中で蠢いたのだ。

「・・・マリの・・・赤ちゃん・・・?」

 無意識にそう呟いた途端、意味もなく熱い塊がお腹の底から湧き上がってくる。その激しい‘愛しさ’に気が遠くなりそうだった。

 優奈は、泣いた。
 何が悲しいのか嬉しいのか、或いは辛いのかさっぱり分からない。ただ、涙があふれて止まらなかったのだ。

 かわいそうな子。
 誰にも望まれず、誰にも愛されず、その『死』だけを待ち望まれる。その日、産婦人科で診察を受け、もう2~3日内には堕胎手術が決まっていた。

 ‘優奈の肌は綺麗だね。ソフトクリームみたいで溶けちゃいそうだよ。’

 不意に、万理男の声が耳に響く。
 いつも、いつでもそう言って、彼は優奈の肌にキスを落とした。

‘優奈のおいしい蜜をちょうだい。’

 真っ赤になって脚を閉じ、イヤだと言ってみると、万理男はひどく甘い笑顔でそうささやく。

‘ほら、もうこんなに熱くなって俺に舐めて欲しいって言ってるよ?’

 指でそこをそっと触れて、万理男は意地悪な笑顔を向ける。

‘優奈の中はあったかい・・・。気持ち良いよ。’

「マ・・・リ・・・っ」

 いくつもの思い出が、万理男の言葉の一つ一つが残酷なほどリアルに蘇ってきた。

 普段、ろくに読んだことのない新聞を、優奈は彼に教わりながら初めて目を通してみた。いろんな新聞があり、同じことをまったく別の見解で報じる興味深さを知り、万理男のニュースや社会情勢に対する的確に深い意見に感動したこと。

 ホームメイドで料理長が作ってくれた甘いお菓子を一緒に食べてくれたこと。

 優奈の退屈を少しでも紛らわそうと、彼が料理の本を買ってきてくれた日、二人は空想でいろんな食事を作ってみたママゴトのような時間もあった。

 万理男は時間の配分を綺麗に整えることが出来る男で、優奈の相手をしてくれる時間を一日の中に必ず組み込んで身体を空けてくれていた。

 その間に交わされた会話は、優奈にとっては興味深く有意義なものだった。頭の良い万理男の話を聞くだけで、彼女の世界は広がった。真佐人と同じ声質なのに、彼の声はいつまででも聞いていたい音楽のようだった。

 楽しかったのは自分だけだったのだろうか?
 優奈のとんちんかんな意見に笑ってくれたあの笑顔は作られたものだったのだろうか?

「マリ・・・、教えて!じゃあ、私は何だったの?あなたの何だったの?」

 優奈は自らの身体を抱きしめて叫んだ。

 決して甘い台詞は吐かなかった万理男。優奈の不安に切ない瞳を見ても、約束を口にしてくれたことはなかった。

「愛してないなら、好きでもなかったら、どうして優しくしたの?・・・全部!・・・全部、嘘だったの?私に言ったことはみんな嘘だけだったのぉぉぉっ?」

 その場に泣いて崩れ落ちた優奈は、堪えきれずに声をあげて泣いた。驚いて駆けつけてくれた母の手を振りほどき、優奈は床に突っ伏して泣き続けた。一人で、泣きたかった。誰も、そこには触れられない。誰も救いにならないその闇を抱きしめて。




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