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Stories of fate


月の軌跡(R-18)

月の軌跡 (垣間見た闇) 48

「わあ、素敵な工場ですね!」

 澪のクラスメイト、菜穂子は感嘆の声あげる。澪も、そこを去って以来、訪れるのは初めてだった忌まわしい過去の現場。

 柊は、澪を連れてくることをかなりためらった。

「その子に、適当に作業を見せて帰すから、君は来ない方が良いよ。」

 そう前の晩に、彼は言った。翌日は週末で、学校は休みだった。

 澪も、一度は頷いたが、その現場を見る自分の心情より何より、柊と菜穂子がそこで二人きりになることに耐えられなかった。そこは、ある意味、柊と澪しか知らない二人だけの世界であり、つきまとう恐怖やおぞましさよりも、聖域のような感が何故か澪にはあった。

「いいえ、私も行きます。」

 澪の瞳に頑とした揺るぎない炎を見て、柊は、彼女がそこを訪れることで何かを清算したいのかと思った。凍った時間を溶かして、貯まった膿みを出して、そこから逃れるために。

「・・・分かった。でも、もし気分が悪くなったり・・・何かあったら、すぐに言ってくれ。」

 澪は、心配そうな柊の切ない瞳に、不意に喜びのような感情が浮かぶのを感じ、その自分の心の動きに戸惑う。一体、自分はどうしてしまったのかと思う。

「ここで生活してるんですか?」

 かつての生活空間を見つけて、菜穂子は興味深そうに一つ一つの家具や生活用品を眺める。一緒に覗いた澪は、そこに自分のいた痕跡がもうないことに軽いショックを受けていた。調理器具や料理の本は今のアパートに運んでいたし、彼女がここで使っていた生活用品は、ほとんどが柊の物だった訳だから、当然と言えば当然かもしれない。しかし、彼女のために買った服や日用品や、そういうもののすべても、もうそこにはなかった。

 澪を彼女の世界に帰してしまってから、その痕跡を見るのが辛くて、柊が片付けてしまっていたことを彼女は知らない。

「いや、ここはもうほとんど使ってないよ。」

 柊は、澪の様子に気を配りながら、作業場の方へ案内する。そして、無口になってしまった澪を、やっぱり連れて来るんじゃなかった・・・と思いながらも、簡単に彼の仕事を菜穂子に説明しながら、少し、実践してみせる。

 仲良くデザインの話しを始めた二人を虚ろに見つめていた澪は、ふとその場を離れて、一人、その倉庫をゆっくりと見てまわった。

 その場に立つことで、リアルにいろんなことを思い出す。
 初めて会ったときの柊の冷たい目。憎しみの色。泣き叫ぶ自分の声がこだましているようだ。

 それでも、澪は、鮮やかに浮かんでは消えるその光景を、ただ淡々と眺めている自分に気付く。恐怖も嫌悪も、何もかもがこんなに鮮やかなのに、それらは何故か色あせて感じられた。

 少なくとも、あのときは、柊は自分のことしか見ていなかったし、ここに、他の女の存在を感じることはなかった。彼の、妹を除いては。

 ああ。
 鮎奈さん・・・。私は、あなたからお兄さんを奪ってしまったのかしら・・・?

 澪は初めて、柊の妹を身近に感じた。
 柊が愛して、彼のすべてを賭けて守ろうとした女の子。

 あなたを彼から不当に奪ったのは、私の父だったんですね。
 安らかに逝かせてあげられなくてごめんなさい・・・。

 妹を返せ、と叫んでいた柊の声が不意に蘇った。あの、血を吐くような苦しい叫び。愛しい者と非情に引き裂かれた苦悩。痛み。悲しみとそのすべて。

 ‘私は、彼の愛しい人を奪った男の娘なのだ。’

 不意に、それがすとん、と心に下りてきた。
 何の矛盾も疑問もなく。
 その事実に茫然とする。

 そこに、彼が澪を愛する理由など見つからなかった。

「澪ちゃん?」

 突然、息を切らして彼女を探し回っていた柊の声が背後から聞こえ、澪は振り返った。

「大丈夫かい?ごめん、もう、帰ろう。」

 柊に抱き上げられて、澪は初めて自分がその場にうずくまっていたことを知る。気付くと、涙が頬を濡らしていた。

「相良さん、・・・大丈夫?」

 菜穂子が柊の背後に佇んでいた。今まで柊と一緒だったクラスメイトの女の子。それを見て、澪は、はっきり自分の心を知った。

 そうか。私は、彼女に嫉妬していたんだ・・・。
 澪は、ぎゅうっと柊の胸にすがりつく。

 もう、かき乱されるのはイヤだ。
 澪のその態度に、菜穂子はあからさまに不快な表情を浮かべた。




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