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Stories of fate


月の軌跡(R-18)

月の軌跡 (新しい一歩) 46

 まるで、卵を抱くように、柊は澪の身体をそっと優しく愛撫する。包み込むように。小鳥の雛を抱くように。
 触れられるだけで、澪の身体は欲情する。柔らかく触れるだけの口づけも、ただ、肌を撫でる熱い手の平も。

 小さく震える澪の身体は、しかし、まだ、そんな体力は戻っていなかった。求める心とは裏腹に、時折、ふうっと意識が怪しくなる。

「イヤです・・・。やめないで。」

 身体を離そうとする柊に、澪は懇願する。意識は半分闇に堕ちているのに、澪は、離れることが不安で彼の腕にすがりつく。

 その必死さを、心の不安を、愛しいと感じるのと同時に、柊も不安になる。澪は、このまま消えてなくなってしまいそうだった。

 今、やっと手の中に抱いた月のように光る宝石。その、品の良い輝きは、柊の、ともすれば闇に堕ちてしまいそうな心を清々しいまでに照らし続けてくれる。

 彼女の存在は、心地良かった。
 失いたくは、ない。

「澪ちゃん。無理することはないよ。俺はもう君を逃がさないから。」

 虚ろな瞳の澪を胸に抱き、その髪をゆっくりと撫でながら、柊は言った。

「今日はもう仕事に行かないから。・・・ここにいるから。」

 夢の中から響くようなその言葉に、澪は安心して、すうっと眠りに落ちていく。やがて、規則正しい寝息が小さく聞こえる。

 それでも、柊は、そのあまりに静かな寝息に、あまりに清らかな寝顔に、消えてなくなってしまいそうな微かな恐怖をぬぐえなかった。

 もう、この手の中で逝く人を看取るのはイヤだと、彼は思った。
 その辛さは、幾度味わっても慣れることはない。




「澪ちゃん、君はせっかく良い環境にいて、いろいろ勉強してきたんだから、それを生かした方が良いよ。」

 公立の高校2年生に編入して、それまでと違う様々なギャップや、体力的なハンデに悩み始めていた澪に、ある夜、柊は言った。

 身体を使って、手を使って、試したいことがいっぱいあるのに、それが勉強のために思うように出来ず、澪は、半ば諦めのように、別に料理の世界に学歴は必要ない・・・と思い始めていたときだった。

 その夕食の席で、柊は、真顔で澪を見つめた。

「俺はこの通り、たいした学歴もないし、それが客には信用されない理由にもなる。日本人は、とかく肩書きや役職で相手を判断する傾向があるから、そういう部分でとても不利なんだ。だけど、逆に言えば、たいした腕がなくても、どこの学校でどの先生を師としたか、それだけでも仕事がもらえることもあるんだよ。だから、澪ちゃんは、使えるものは使って、利用できるものは利用した方が良い。選択の幅は持っていた方が良いよ。取捨選択はその都度すれば良いんだから、選択の余地は常に用意していた方が良い。」

 澪はその言葉に驚く。

「・・・フ・・・柊は、そういうことを嫌っているかと思ってました。」
「そんなことはないよ。俺は、自分の分をわきまえているだけだ。俺にそういうことは合わないと分かっているだけで、他の人間がどうやって仕事を得て、何を大切にして生きていくのかということに、とやかくは言わない。君には、そういうことも必要だと思うし、苦労せずに得られるものがあるなら、今は少し我慢のしどころだよ。」
「私に・・・才能はないから、でしょうか?」
「そうじゃないよ。」

 澪の、不意に哀しそうな表情に柊は笑った。

「才能なんて、‘想い’ひとつだよ。君がどこまでの何を望むかに寄るけど、相手を幸せにしたい、っていうのが仕事の基本だろ?どこの、どの程度の人を満足させられれば、君自身が満足するか、だね。少なくとも、俺は、君が作ってくれるものは最高だし、食卓が楽しみだよ。」

 多少いたずらな笑顔で微笑む柊の言葉に、澪はかあぁっと顔を赤くした。

「そ・・・そうでしょうか。」
「それ、返事が変だよ。」

 柊は、それでも、少しずつ体調が戻っている澪の様子に心から安堵している。買い物に出かけられるほどの体力がまだないので、彼は、澪の欲しがるものは仕事帰りに調達してくる。

 なんだか、一年前と同じ状況だな、とふと思うと複雑な気持ちになる。
 閉じ込められ、切り取られて凍ったままのあの時間。
 あれからまだ一年しか経っていないなど、信じられない気がする。
 何もかもが劇的に変化していた。




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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

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今日はここまで

毎日、少しずつ読み進んでいます。

fateさまの描く世界は、いつもとても「深く」て、あんまり読み急くと「おなかいっぱい」になっちゃいますね…^^
#757[2011/12/01 19:59]  有村司  URL 

Re: 今日はここまで

有村司さん、

おはようございます。
ちょっと他人さまのパソコンをお借りしてのコメ返です。
こちら、読んでくださっているんですね。
イヤな思いをさせてしまって、本当に申し訳なく反省して、それ系の作品には新たに警告文言を入れさせていただきました。
もっと早くそうすべきでした。
今回、本当にそれを痛感させていただきまして、そして、新たな犠牲者(?)を出す前に気づかせていただいて、ありがとうございました。
他作家さまも、そういうことはきちんと表示されているので、これはfateの怠慢でした。
ブログの作品自体がそれ一色であればおそらくブログ説明で事足りますが、こういうごちゃまぜ状態では一つ一つに説明責任があると改めて思いました。
ありがとうございました。
そして、心より反省です。申し訳ありませんでした。

#762[2011/12/02 08:30]  fate  URL 














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