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Stories of fate


月の軌跡(R-18)

月の軌跡 (再会) 25

 やがて、澪は、あまりに不躾な視線に気付いたのか、ふっと顔を上げて感じる視線の先に目を向けた。
 そして、ゆっくりと目を見開いた。

 そこに、どんな種類の感情が宿っていたのか、澪にも、柊にも分からない。
 しかし、柊はそんなことはどうでも良かった。
 目の前の獲物を捕えることだけに集中していた。

 澪の視線を完全に捕えたことを確認して、彼は、目だけで合図をして、澪をその部屋の外へ連れ出そうとした。従わなければ、無理やりにでも引きずって行くつもりだった。

 しかし、澪は茫然としたまま、立ち上がった彼について席を立った。そして、入り口でふと振り返った彼の後について、そのままゆっくりと歩き続ける。

 催眠術のようだった。或いは、操り人形の・・・。

 数歩離れて彼の後について来る澪を、柊は表示に従って裏口の方へと誘い込む。そして、そのとき使われていなかった会議室へ向かう廊下の突き当たりで振り返り、彼が立ち止まったことでそこに佇んだ澪の、頭ひとつ分低い身体を強引に抱き寄せた。

 澪は、逆らわなかった。

 そのまま彼の腕に身体を預け、彼の胸に顔をうずめた。懐かしい乾いた木材の良い香りがした。不意に時間が巻き戻った気がして、澪はその胸にしがみつく。

 やがて顔を上げた澪は、自分を見つめる柊の切ない瞳に出会い、そのまま静かに目を閉じる。そして、二人はむさぼるように唇を奪い合った。

 ああ、誰もこんな風には自分を求めなかったと、澪はくらくらする頭で必死に思う。

 柊の首筋にしがみつくように澪は腕を絡め、口の端から流れ落ちる唾液も、もう伝い落ちるまま関心を払わなかった。ただ、このまま感じていたかった。相手がここにる事実を。つながっている瞬間を。

 薄暗いそこには人影はなかった。

 柊は、澪のスカートをたくしあげ、下着を引き剥がすように外していく。彼女はされるがまま一切の抵抗はなく、最後に自分でそれを足から外す。そして柊は片手でベルトを外すと、彼女の身体を壁で支えながら、その細い腰を抱き寄せ、一気に澪の中に入っていく。

「・・・あっ・・・」

 澪が細い声をあげた。自分の中に感じる柊を、澪はぎゅうぅっと抱きしめる。熱い、男の命の息吹を。
 他の誰に抱かれても、そんなことは感じなかった。

 テクニックのどれだけ上手い相手とでも、心を満たされることはなかった。初めから何度もじらされて、感じたことのない深い絶頂を得ても、相手の得意そうな目を見た途端、すとん、と心は冷えていた。
 身体は何度でも相手に応え、もう、自分の自由にならない境地に追い込まれても、澪はその男と別れた次の瞬間、相手の顔も思い出せなかった。

 浮かぶのは、いつも、最後に澪を見つめた瞳の色だけだった。そして、不思議なことに、思い出すのはいつも最後の夜のことだけだった。優しく彼女の身体を抱き寄せて一緒に眠ったまどろみの時間。

 陵辱者として彼女の前に現れたはずの彼が、そういう獣の顔をした柊の目を、澪はもう思い出せなかった。いや、思い返すと、彼の目は初めからどこか‘深い悲しみ’を宿していたような気がするのだ。

 ‘復讐’とは、悲しみに起因するものだ。

 どれだけ心を鬼にしても、零れ落ちる想いが奥底に潜んでいる。凍らせた心の更に奥深くに。

 ゆっくりと深く、柊は澪を抱く。
 ひとつになる瞬間の甘美な蜜を味わう。

 絶頂を与えることよりも、ただ、隙間なく二人が魂を近づける瞬間を求め続ける。肌を寄せ、唇を合わせ、どこまでも深く。

 そして、澪がその熱に耐え切れなくなって全身を震わせて絶頂を迎えた瞬間、柊はすうっと身体を離した。

「・・・?」

 澪はがくがくと震えたまま、彼の腕に身体を預ける。

「どうして・・・?」

 柊が、まだイっていないことは明白だった。
 澪を見つめる柊の目は厳しくも、ひどく優しかった。

「どうして?」

 澪は繰り返す。彼の腕にしがみついていないと崩れ落ちてしまいそうだった。柊は、そのまま澪の身体を強く抱きしめる。痛いくらい強く。

「・・・怒ってる・・・の?」

 澪は、恐る恐る聞く。

「赤ちゃん・・・生めなかったこと・・・。」
「違う。」
「・・・ごめんなさい。」
「違うよ。」

 澪の身体を抱きしめたまま、その頭をむちゃくちゃに抱きながら柊は吐き出すように言う。

「悪かったのは、俺だ。君は、まだ子どもなんて生まなくて良かったんだよ。」
「でも・・・」

 初めて澪は涙が零れた。

「生んで、あげたかったの・・・。」

 そして、知った。失った赤ん坊のことで、本当は自分がどれだけ泣きたかったのか。本当はどれだけ傷ついていたのかを。

「フユキ・・・」
「違うよ。」

 柊は身体を離して、澪の目を見る。

「俺は・・・‘柊’だ。」

 澪は頷いた。



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