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Stories of fate


月の軌跡(R-18)

月の軌跡 (命) 18

 まだ、堕胎の可能な時期だった。

 恐らく、澪は適切な処置を受け、その後はもう何事もなかったかのように、日常に戻る努力をしているだろう。
 誰より、彼女の両親がそういう風に彼女を導き、澪も数ヶ月間の悪夢を、なかったこととして封印する術を身につけていくのだろう。

 そして、いずれ、自分には警察の手が伸びるだろう、と柊は覚悟を決めていた。

 仕事は淡々とこなし、注文も普通に受けてはいたが、いつでもそこを去れるように、常に準備をしていた。依頼主が困らないように、どこまでどの程度進んだか一目で分かるように、いずれ、誰かが引き継ぐ場合のことを考慮に入れて、デザイン画もパソコンできっちり仕上げて、何もかもを誰の目からも分かるように仕分けしながら進めていた。

 そうやって、仕事にすべてを傾けなければならないほど、彼の心は動揺していた。
 それは、‘不在’の寂寥感だった。
 人は失ってから初めてその真価に気付く。

 柊は、日が経つにつれて、ただがむしゃらに仕事に没頭していった。何も思い出さずに済むように。
 澪の、料理を褒められて嬉しそうにはにかむ笑顔も。
 これ、どうやって作るんだろう?とレシピを片手に悩む横顔の真剣さも。
 ひたすら、仕事を進める彼の手元を見つめて、瞳を輝かせる子どもの目も。
 彼の腕に狂う‘女’の顔も。

 そして。彼女は、ここにいて、くつろいだ時間も確かにあったのだと信じられるようなまどろむ澪の幸せそうなうたたね。

 気が付けば、柊は、澪の面影だけを追っていた。
 僅か数ヶ月、ここで暮らした憐れな少女の。




 年が明けて、ふと気付くと真冬の寒気は少しずつ緩み始めていた。
 何故?澪は自分のことを警察に話さなかったのだろうか?

 或いは、あの家では、その事実を隠し通すことに決めたのだろうか。澪の将来のために。それは充分に考えられた。娘の心の傷よりも、きっと世間体を気にする人々だ。

 それとも、澪自身も、もうすっかり何もかもを忘れ去って、何事もなかったんだと普段の日常を生きているのだろうか。

 そう考えると、柊は、どこかずきずきとする感覚を味わう。

 むしろ、警察に捕まって、何もかもを洗いざらい告白出来た方が良かった。そうすれば、自分と澪との確かな時間の経過を、そこで繋ぎとめられたような気がしていた。

 澪は、自分との時間、関係、その一切を、否定してしまったのだ。
 それは、思いのほか、柊の心を打ちのめした。

 それなら、自分も忘れてしまおうと、彼は思う。
 何もかも。
 二人で囲んだ食卓のほんのりと光った時間も。

 朝方にふと目覚めて、腕の中の少女のあどけない寝顔に心が揺れた想いも、思わず「好きだ」と言いそうになって、目をそらした澪の熱い瞳の色も。

 もともと、本来なら、自分は彼女の人生に触れるべき人間ではなかったのだから。
 
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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~


復讐って

世の中には復讐をテーマにした小説が多いですよね。
復讐を果たすことを肯定的に描き、それを読むことでカタルシスを得られるから好き、という友人もいます。

そういうのは私は嫌いですが、復讐を果たして後悔する、そんなこと、しなければよかった、と悔やむ。
そこに至る人間の心ってのはわかる気もします。

時々書いてますけど、世間一般には「悪人」と見なされる人間の背負った哀しみ、そういうのが見えるキャラクターにはとっても興味があります。
私にはそのタイプの人間は書けませんから、そういう人間を書けるひとに憧れるっていうのもあるのでしょうね。
#2033[2012/04/18 00:58]  あかね  URL 

Re: 復讐って

あかねさん、

> 世の中には復讐をテーマにした小説が多いですよね。

↑↑↑はい、多いっすね。
一時期、そういうのが流行ったりもしたかな??

> 復讐を果たすことを肯定的に描き、それを読むことでカタルシスを得られるから好き、という友人もいます。

↑↑↑日本人は仇討が好きなんすよ。水戸黄門然り、赤穂浪士(忠臣蔵)然り。
虐げられていた民衆が一矢報いるって感覚がスカッとするんですかね。
でも、ここまで自由な世の中だと、そういう復讐劇はむしろ「チガウ」と思う。
fateはサンホラの「メルヒェン」に一時はまって、‘復讐’にとり憑かれたことがあったんだが、それは幻想世界だからこそ成り立つ美学があって、つまり、「美しくないと‘復讐’ではない」ので、ロマンを描きたかっただけ。現実社会では、復讐もサツジンも、否定派です。
と言いつつ、fateは大切な相手を理不尽に奪われたら、相手を八つ裂きにする自信はありますが(にっこり)。

> そういうのは私は嫌いですが、復讐を果たして後悔する、そんなこと、しなければよかった、と悔やむ。
> そこに至る人間の心ってのはわかる気もします。

↑↑↑「後悔」が、「復讐」に於けるfateの提示するテーマです。
これは、単にfateが変態なので、性犯罪になりますが、復讐とは死を以てして! が普通でしょう。
でも、コロしてしまっては「悔恨」に結びつかない。
ええと、復讐を果たした本人の後悔ではなく、もともとの元凶が後悔する、が完結なんです。
サツジンを犯した相手が、良心の呵責に寄って地獄の苦しみを味わう。まさに業火に焼かれる想いをすることで、すべての魂(被害者もご遺族も、更に、殺人者本人も)が救われるのだと、持論でございます。
だから、更生の余地のないアタマのオカシイ精神異常者は、むしろ、即刻、極刑に処して欲しい。
後悔することで、‘罪’が浄化されるし、遺族が望むのは、本人が心から悔いて、贖罪の人生を歩むこと。奪った命が生きたかった筈のまっとうな人生を苦しみながら生き切ること。
それに尽きると思います。

> 私にはそのタイプの人間は書けませんから、そういう人間を書けるひとに憧れるっていうのもあるのでしょうね。

↑↑↑最近…ご自身にはそのタイプの~は描けないので…と、fate worldを表してくださる方がちらほらいらして、…fateって、そんなに特殊な世界を描いているんだなぁ。それでも、なんとか理解してくださっているんだなぁ、としみじみ有り難く思っております(・・;
いや、感謝してるんですって、マジで(^^;
それぞれに、描く世界って違っても、どこか共通した「核」の部分がブレなければ、仲間に入れてもらえる有り難い世界に感謝っす~~~
#2034[2012/04/19 09:28]  fate  URL 














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