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Stories of fate


月の軌跡(R-18)

月の軌跡 (季節は巡る) 14

 それから、しばらく柊は作業に集中していた。

 図面のようなものは、寸法が正確に描かれると、作図の方は適当な手書きのみで、あとはすぐに本体の木を削り始めていた。そして、彫りに入る。

 澪は、その様子をただじっと見守っていた。

 澪は、父親の仕事を尊いものと思っていた。人の命を救い、病を治癒させる。それは確かに間違ってはいないだろう。医師という職業は『先生』と呼ばれるにふさわしいものだ。ただ、そこの携わる人間の心構え、人間性、志に左右されるだけの話しだ。

 彼女は、父に群がってくる多くの人々を幼い頃からずっと見てきた。
 そこに微かでも嫌悪を感じたことが、実は確かにあった。

 しかしそういうものは、成長するにつれ、周りからの暗示のようなものに覆い隠され、当たり前だと植えつけられていく。これが、医者の世界なのだと。これが、立派な人間の象徴なのだと。

 肩書きが増え、賛辞が増えることが‘大人’の証なのだと。

 だから、澪は、そういう世界の人間を素晴らしいと思い込み、父に関わる人々、政界や医療関連や、金融関係者などを同じ世界の人なのだと認識してきた。それ以外の職業に携わる人々は、自分より劣る種類の人間なのだと。

 言葉ではっきりそう意識して見ていたわけではない。
 だが、そういう微かな侮蔑的な感情があったのは確かだった。
 そういう世界にいる自分には価値があると思い込んでいた。

 それが、それらは彼女を守っている鎧に過ぎず、彼女の本体はただのか弱い少女でしかないのだと思い知らされた。自尊心はずたずたに引き裂かれ、業火の燃え盛る地獄に突き落とされた。そして、炎に舐められ、何もかも焼けつくされて最後に残ったのが、それでも、‘生きる’ことへの執着だった。

 剥ぎ取られた鎧の下にあったのは、幼い少女の素顔だったのだ。

 仕事に真剣に取り組む人間の燃える瞳と、その気迫。澪は、今まで父の周りで彼のご機嫌うかがいをしている腐った目の男たちより、ずっと清々しいものを感じた。退屈なはずのそんな作業を、彼の横顔を、思わず見入ってしまうほど。

 柊は、作業場に大きなストーブを置き、澪がいつでも好きなだけそこにいられるように、小さな座り心地の良い椅子を作ってくれた。そして、ストーブの上で何か調理が出来るように脇に木製のワゴンを置いてくれる。その、木を組み立てる作業の素早さに、澪は息を呑む。いくつかの木を削って、組み立てて、釘を刺して、くっつけていると思っていると、それらは磨かれ、あっという間に美しい完成品となって、「はい。」と澪の目の前に置かれるのだ。

「・・・ありがとう。」

 澪は、心から感動してお礼を言う。
 そして、柊の少し嬉しそうにほころんだ顔に、不意にどきりとするのだ。
 


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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

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