扉の開いた音に、澪は、はっと怯えて入ってきた男の顔を凝視する。見覚えはなかった。しかし、彼の瞳に浮かぶ激しい憎悪の炎に、澪は命の危険を感じて悲鳴をあげる。
「叫んだって無駄だよ。周りには誰もいないし、この部屋の声は外にほとんど漏れないからね。」
澪は、その声にびくりと身体を震わせる。いつか、どこかで聞いた声だと思った。
「澪ちゃん、君、高校生だっけ?鮎奈が死んだのも、高校2年生のときだったな。かわいそうに、あの子は、まだ‘恋’も知らなかったのに・・・。」
ガタガタと震える澪にゆっくり近づきながら、柊は彼女の青ざめた顔をじっと見据える。言いながら、彼はどうしようもない憤りが湧き起こってくることを感じた。
「同じ女の子に生まれながら、あまりに不公平だよね?そう、思わない?君は、何不自由なく毎日を贅沢に暮らし、高級な服に身を包み、お小遣いとして俺の月収くらいの金額を軽く渡されている。」
澪のバッグの中身をふと見てしまった柊は、財布に入っていた札束に絶句し、次の瞬間、そのバカバカしさに笑い出しそうになった。
妹の入院費、手術代。必死に働いてなんとか工面し、彼は自分のことは削れるだけ削って、苦しい治療に耐える妹の笑顔を見たいためだけに働いてきた。
その金額を、一度買い物に出かけるためだけに浪費する少女。
柊は、笑いながら、涙がこぼれるのを止められなかった。
「それに引き換え、鮎は・・・、あの子は、実験材料に使われ、身体をぼろぼろにされて苦しみながら死んでいった。」
その言葉を聞いて、澪は、思い出した。
彼の声をいつ、どこで聞いたのかを。
数年前の夜中。家の玄関先で、妹を返せと叫んでいた男。窓から僅かにその姿を見ただけだったので、彼の顔はよく見えなかったし、覚えていない。しかし、その、引き裂かれるような悲痛な声は、澪の耳から離れなかった。
間もなく警察が呼ばれ、その男は警察に連れ去られた。
家族は、逆恨みだと相手にしなかった。
澪も、詳しい事情は知らなかったし、父がその男の言うような非人道的なことをしているとは到底思えなかったので、すっかり忘れていた。
しかし、そのときのその叫び。
男の声を、澪は忘れることが出来なかった。
「大丈夫、俺は、君の父親とは違う。君を殺したりはしないよ。」
澪の目の前に立った柊は、そう言って薄く笑った。
「殺してなど、やらない。じっくりと内側から狂わせてあげるよ。」
澪は、もう、悲鳴すらあげられなかった。ぞくりと全身が冷えて、身体は硬直する。男の手がすうっと伸びてきたのを目にして、彼女は反射的に身を引いた。
「いやっ・・・いやあぁぁぁっ」
身を庇った腕を捕え、柊は澪の細い首を片手で掴む。そして、そのまま彼女の身体をベッドに沈めて組み敷いた。
「良い子だね、澪ちゃん?大人しくした方が良いよ?あんまりその白い肌に傷を付けさせないで。」
柔らかい笑顔を作って、彼は言う。
「辛いのは初めの内だけだから。ゆっくりと、可愛い従順な俺の奴隷に仕立ててあげるよ。」
言われている意味が、彼女にはまったく分からなかった。ただ、その男の瞳に宿る暗い狂気に背筋が凍った。こんなことが現実であるある筈はないと、澪は思いたかった。目を覚ませば消える悪夢だと・・・。
そして。
世界が暗転するまで、澪は悲鳴をあげ続けていた。
「叫んだって無駄だよ。周りには誰もいないし、この部屋の声は外にほとんど漏れないからね。」
澪は、その声にびくりと身体を震わせる。いつか、どこかで聞いた声だと思った。
「澪ちゃん、君、高校生だっけ?鮎奈が死んだのも、高校2年生のときだったな。かわいそうに、あの子は、まだ‘恋’も知らなかったのに・・・。」
ガタガタと震える澪にゆっくり近づきながら、柊は彼女の青ざめた顔をじっと見据える。言いながら、彼はどうしようもない憤りが湧き起こってくることを感じた。
「同じ女の子に生まれながら、あまりに不公平だよね?そう、思わない?君は、何不自由なく毎日を贅沢に暮らし、高級な服に身を包み、お小遣いとして俺の月収くらいの金額を軽く渡されている。」
澪のバッグの中身をふと見てしまった柊は、財布に入っていた札束に絶句し、次の瞬間、そのバカバカしさに笑い出しそうになった。
妹の入院費、手術代。必死に働いてなんとか工面し、彼は自分のことは削れるだけ削って、苦しい治療に耐える妹の笑顔を見たいためだけに働いてきた。
その金額を、一度買い物に出かけるためだけに浪費する少女。
柊は、笑いながら、涙がこぼれるのを止められなかった。
「それに引き換え、鮎は・・・、あの子は、実験材料に使われ、身体をぼろぼろにされて苦しみながら死んでいった。」
その言葉を聞いて、澪は、思い出した。
彼の声をいつ、どこで聞いたのかを。
数年前の夜中。家の玄関先で、妹を返せと叫んでいた男。窓から僅かにその姿を見ただけだったので、彼の顔はよく見えなかったし、覚えていない。しかし、その、引き裂かれるような悲痛な声は、澪の耳から離れなかった。
間もなく警察が呼ばれ、その男は警察に連れ去られた。
家族は、逆恨みだと相手にしなかった。
澪も、詳しい事情は知らなかったし、父がその男の言うような非人道的なことをしているとは到底思えなかったので、すっかり忘れていた。
しかし、そのときのその叫び。
男の声を、澪は忘れることが出来なかった。
「大丈夫、俺は、君の父親とは違う。君を殺したりはしないよ。」
澪の目の前に立った柊は、そう言って薄く笑った。
「殺してなど、やらない。じっくりと内側から狂わせてあげるよ。」
澪は、もう、悲鳴すらあげられなかった。ぞくりと全身が冷えて、身体は硬直する。男の手がすうっと伸びてきたのを目にして、彼女は反射的に身を引いた。
「いやっ・・・いやあぁぁぁっ」
身を庇った腕を捕え、柊は澪の細い首を片手で掴む。そして、そのまま彼女の身体をベッドに沈めて組み敷いた。
「良い子だね、澪ちゃん?大人しくした方が良いよ?あんまりその白い肌に傷を付けさせないで。」
柔らかい笑顔を作って、彼は言う。
「辛いのは初めの内だけだから。ゆっくりと、可愛い従順な俺の奴隷に仕立ててあげるよ。」
言われている意味が、彼女にはまったく分からなかった。ただ、その男の瞳に宿る暗い狂気に背筋が凍った。こんなことが現実であるある筈はないと、澪は思いたかった。目を覚ませば消える悪夢だと・・・。
そして。
世界が暗転するまで、澪は悲鳴をあげ続けていた。
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