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Stories of fate


光と闇の巣窟(R-18)

光と闇の巣窟 (生贄) 7

 翌朝、目覚めた茉莉は、しばらくぼうっとして辺りを見回し、そして、俺の姿を見つけてぎくりと強張った。

「おはよう、茉莉ちゃん。部屋に戻って着替えな。」

 俺もまだ起きたばかりで、寝巻きのままソファで新聞を読んでいた。朝早く誰かがドアの前に置いていってくれたものだ。

「・・・おはようございます。」

 茉莉は、小さな声で俺をこわごわ見つめ、そうっとベッドを抜け出す。そして、そろそろと足音を忍ばせて俺の様子を気にしながら、扉を出て行った。その姿が完全に消えてから、何故か俺はおかしくなってくすくすと笑い出した。

「あの子は、いったい何のためにここに来たのか、分かってるのか?」

 朝食も7時と言われていた。もう6時過ぎだった。俺はシャワーを浴びるため、浴室へ向かう。
 厳粛な朝食を済ませて、俺は茉莉に本格的に勉強を教え始めた。

 そして、分かったのは、ほんの触りだったが確かに彼女は以前勉強した跡がある、ということだ。基本的な字は書けるし、読解力もまったく育っていない訳ではないということ。

 少し安心して、俺は小学生レベルの勉強から始めることにした。

 休憩を何度も挟みながら、国語と算数を中心に進めていく。そして、俺がよく使うのは‘音楽’や‘美術’といった芸術鑑賞と、ちょっとした演奏、ちょっとしたdrawingだ。昨日、茉莉は床一面に画用紙を広げていた。この子は絵を描きたいのかも知れない、と俺は思った。

「じゃあ、今度は何かを描いてみようか。」

 茉莉が、机の片隅にまとめて置いてある画用紙を指さすと、彼女はびくりと強張った。

「どうしたの?」

 俺が何か言う度に、初めは怯えてばかりだった茉莉も、時間が経つにつれ、俺の話をとりあえず怯えずに聞けるまでは進展していた。だから、今、そんな風に怯えるのは、俺の言い方が原因とかではなく、絵を描くということに起因していることと思われた。

「・・・それを描くと怒られる?」

 茉莉は俺をひどく悲しそうな目で見上げ、小さく首を振る。
「じゃあ、描いてみて。何でも好きなものを。」

「・・・好き・・・な、もの。」
「そうだよ。花でも、食べ物でも、そこに並んでいるヌイグルミでも良い。」

 茉莉は、恐る恐る俺を見上げて、そっと画用紙に手を伸ばす。白い紙を一枚、目の前に広げ、じっと何かを考えていた。それでも、散らばったままの色鉛筆には手を出さない。俺はしばらく放っておいてみた。

 すると、おもむろに彼女は鉛筆を取って、さらさらと線を描き始める。見ているとそれは人の顔のようだった。
 そして、彼女の画力に、俺は驚いた。

 それは、肖像画の母親の顔だった。俺は、はっと胸を突かれた。無意識に彼女が求めるもの。唯一彼女を愛し、守ってくれた本当の母親。僅かな時間でも、この子にとって、最高に幸福で、そして二度とは得られない時間だったのだろう。

 そして、母親の絵を描き続ける継子を、当然継母が快く思う訳もなく、この絵を描こうとするときっと苛められるのだろうと予想には難くなかった。だから、この子は、絵を描くことすら怯えるのだ。

「素晴らしい。とっても上手いよ、茉莉ちゃん。」

 俺が背後でそう感嘆の声をあげると、彼女は驚いて振り返った。ここに、俺がいることを忘れていたような驚愕の表情だった。そして、慌ててその絵に覆いかぶさるように母の絵を隠す。

「俺は怒ったりしないから、大丈夫。」

 俺は笑った。

「良いよ、好きなだけ描いて。」

 そう言って、俺は彼女の背後に椅子を引いて座った。
 茉莉は、しばらく固まったままだったが、やがてそっと顔をあげて、ゆっくりと振り返った。

「気が済むまで描きな。今日は勉強はここまでで良いよ。」

 午前中いっぱい机に向かわせたので、午後は庭を散歩でもさせようかと思う。

 屋敷から一歩も出すな、との夫人の言葉が過ぎったが、俺の好きにして良いとも言った。いずれ、俺にくれた生贄だ。俺がどう扱おうと文句はないだろう。

 茉莉は、しばらく茫然と俺を見つめていた。そして、静かに机に向き直ると、丁寧にその絵を仕上げ始めた。
 そばにいたいのだろう。ほんの一瞬でも良いから、優しかった母親の面影を感じたいのだろう。
 それに没頭していられる時間だけが、彼女が母親と対話できる唯一の慰めなのだ。



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ジャンル:[小説・文学] テーマ:[ミステリ

~ Comment ~


こんにちは

なんだか、何か起こりそうで、それでいて秩序のある静かな展開がいいですね^^
少しずつ、読ませていただいています。
#40[2011/09/28 08:24]  lime  URL  [Edit]

Re: こんにちは

limeさま、ご訪問ありがとうございます(^^)
こちらからもちょくちょくお邪魔させていただきます。
よろしくです。
#41[2011/09/28 09:19]  fate  URL 














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