「いつもは何時くらいに眠ってるの?」
彼女をベッドに座らせて、俺は聞いてみた。
「9時・・・。」
「早いね。」
俺は呆れる。そうすると、もうそろそろこの子は眠る時間だ。
「じゃ、先に休みな。俺のベッドで良いから。」
さすがに、俺はまだ眠れない。今日買ってきた教材に一通り目を通して、内容を把握しておこうと思っていたのだ。それに、階下の応接間にテレビがあることを知っていたので、後で、ちょっと観に行こうと考えていた。
茉莉は、しばらくどこか落ち着かない様子だったが、やがて、ベッドにもぐり込んで丸くなると、そっと目を閉じた。
俺が立ち上がって本を開いたりパソコンに戻ったりする度に、茉莉ははっと目を開けていたが、その内、俺がまったく彼女に対して関心を示さずにいると、やがてすうすうと寝息が聞こえ出した。
その無邪気な寝顔を見ていると、とても15歳とは思えない。そして、あの男の血が流れているということも何かの間違いではないかという気すらしてくる。あの夫人と同じく、先妻も、元の恋人(いたのかどうかは知らないが)の子どもを身ごもったまま嫁いできたんじゃないか?などと思いたくなった。
教科書に目を通すだけのつもりが、教え方をいろいろ考えている内に、思ったより時間を喰ってしまった。
もう11時を回り、俺も眠くなってきた。
「教えながら遣り方を検討していくか。」
寝ようと思ってベッドを振り返り、ああ、この子がいたんだ、と思い出す。
「いくら継子でも、あんまりじゃないか?」
しかし、彼女の気持ちも分からなくもなかった。
俺も思い出していた。彼女の悲恋物語を。夫人の恋人だった男は、最後には、自分のせいで会社に迷惑が及ぶのを恐れて、知り合いや友人がどんなにこっそり雇ってくれようとしても、自分から断って、自分と関わりを持ったばかりに潰された会社に保険金が下りるように契約書を書き換えて、自ら命を絶ったのだ。
遺書は、なかったそうだ。
そのとき、あの夫人は復讐を誓ったのだろう。彼女は、初めから復讐のためにこの家にやってきたのだ。
そして、あの男の血が流れている。それだけで、もうこの子は許し難い存在なのだ。
殺された方がマシだと思わせながら、生きたまま心を殺していくつもりなのだろう。
その同志として、同じように家族を殺された俺が選ばれたのだろうか。
すうすうと寝息を立てる少女を見下ろし、無防備なその白い肌に紅い花を散らす瞬間の欲望を考える。ただ、怯えて毎日を暮らす憐れな生贄。飢えた狼に与えられた子ウサギの運命など知れている。
しかし、その夜は、何故か俺はその気にならなかった。あまりに陳腐な筋書きに、バカみたいに乗りたくなかったというのだろうか。
いや。それでも、この子には人を狂わせる魅力が確かにあると思う。儚げに美しい、ガラス細工のように完璧な人形を、この手で壊してみたくなる。この腕に鳴かせ、狂わせてみたい。そんな欲望が首をもたげる。
別に急ぐ必要はない。この子はもう俺に与えられた獲物だ。
茉莉の隣にそっと横になると、彼女は軽く身動ぎした。
幼い顔。やせた白い手足。まだ充分ではない胸のふくらみ。細い足首。・・・少女だ、と思った。清らかで、まだ男を知らない、この世に男女がいることの意味すら知らない娘。
おやすみ、と額に口付けて、俺も眠りに落ちた。
彼女をベッドに座らせて、俺は聞いてみた。
「9時・・・。」
「早いね。」
俺は呆れる。そうすると、もうそろそろこの子は眠る時間だ。
「じゃ、先に休みな。俺のベッドで良いから。」
さすがに、俺はまだ眠れない。今日買ってきた教材に一通り目を通して、内容を把握しておこうと思っていたのだ。それに、階下の応接間にテレビがあることを知っていたので、後で、ちょっと観に行こうと考えていた。
茉莉は、しばらくどこか落ち着かない様子だったが、やがて、ベッドにもぐり込んで丸くなると、そっと目を閉じた。
俺が立ち上がって本を開いたりパソコンに戻ったりする度に、茉莉ははっと目を開けていたが、その内、俺がまったく彼女に対して関心を示さずにいると、やがてすうすうと寝息が聞こえ出した。
その無邪気な寝顔を見ていると、とても15歳とは思えない。そして、あの男の血が流れているということも何かの間違いではないかという気すらしてくる。あの夫人と同じく、先妻も、元の恋人(いたのかどうかは知らないが)の子どもを身ごもったまま嫁いできたんじゃないか?などと思いたくなった。
教科書に目を通すだけのつもりが、教え方をいろいろ考えている内に、思ったより時間を喰ってしまった。
もう11時を回り、俺も眠くなってきた。
「教えながら遣り方を検討していくか。」
寝ようと思ってベッドを振り返り、ああ、この子がいたんだ、と思い出す。
「いくら継子でも、あんまりじゃないか?」
しかし、彼女の気持ちも分からなくもなかった。
俺も思い出していた。彼女の悲恋物語を。夫人の恋人だった男は、最後には、自分のせいで会社に迷惑が及ぶのを恐れて、知り合いや友人がどんなにこっそり雇ってくれようとしても、自分から断って、自分と関わりを持ったばかりに潰された会社に保険金が下りるように契約書を書き換えて、自ら命を絶ったのだ。
遺書は、なかったそうだ。
そのとき、あの夫人は復讐を誓ったのだろう。彼女は、初めから復讐のためにこの家にやってきたのだ。
そして、あの男の血が流れている。それだけで、もうこの子は許し難い存在なのだ。
殺された方がマシだと思わせながら、生きたまま心を殺していくつもりなのだろう。
その同志として、同じように家族を殺された俺が選ばれたのだろうか。
すうすうと寝息を立てる少女を見下ろし、無防備なその白い肌に紅い花を散らす瞬間の欲望を考える。ただ、怯えて毎日を暮らす憐れな生贄。飢えた狼に与えられた子ウサギの運命など知れている。
しかし、その夜は、何故か俺はその気にならなかった。あまりに陳腐な筋書きに、バカみたいに乗りたくなかったというのだろうか。
いや。それでも、この子には人を狂わせる魅力が確かにあると思う。儚げに美しい、ガラス細工のように完璧な人形を、この手で壊してみたくなる。この腕に鳴かせ、狂わせてみたい。そんな欲望が首をもたげる。
別に急ぐ必要はない。この子はもう俺に与えられた獲物だ。
茉莉の隣にそっと横になると、彼女は軽く身動ぎした。
幼い顔。やせた白い手足。まだ充分ではない胸のふくらみ。細い足首。・・・少女だ、と思った。清らかで、まだ男を知らない、この世に男女がいることの意味すら知らない娘。
おやすみ、と額に口付けて、俺も眠りに落ちた。
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