「除夜の鐘って、百八回撞くって本当?」
「人間の煩悩の数だっていうね」
答えが返ってくるとは期待していなかった葵は、「え」と弟の顔を見上げた。
「煩悩なんて言葉、知ってるんだ」
「知らない方がおかしいだろ」
リビングのソファにシーツを敷いて、二人は裸のまま毛布に包まっていた。部屋の扉は締め切り、暖房をどんどん強くして、熱いくらいの室温になっている。
「基は」どこかぼんやりしたまま、葵は言った。「サンタクロースっていつまで信じてたの?」何故、そんなことを聞いたのか葵にもよく分からなかった。あまりにも人生に冷めている彼に、寂しさのようなものを抱いたせいだったのだろうか。
「サンタを信じるには、まず、その存在を信じるに足る事実が必要だろ?」
「…どういうこと?」
「君は、毎年、サンタさんからだって、プレゼントを貰っていたんだろうね。そうすれば、サンタクロースってのはプレゼントをくれる誰かなんだって思う訳だろ? 俺は、クリスマスにプレゼントを貰ったことなんて一度もないんだよ」
葵は言葉を失った。
テレビは紅白歌合戦が終盤に差し掛かっていた。紅白それぞれの歌手の熱唱をBGMに、二人は何度も身体を繋いだ。今ようやく分離して、肌を寄せ合ってテレビ画面を眺めている。司会者が勝敗の行方を紅白それぞれのキャプテンに問い掛けている。
「じゃ…じゃあ、その―」誕生日には? と聞こうとして、葵は言葉を飲み込んだ。もしも、それすらなかったとしたら、いや、恐らく、なかったのだ、と彼女は唇を噛む。そんな親が、この世にいるんだろうか?
「基」
「葵、俺に同情なんて不要だよ」
冷笑を浮かべて基は彼女を見下ろした。
「年中行事なんて煩わしいだけだよ」
「で…でも―、あ!」
年中行事、という言葉に、不意に葵はもうすぐ年が明けることに気付いた。
「…も、基」
「なんだよ」
「あの、私…年越し蕎麦でも」
「要らないよ」
「で、でも、ウチでは毎年作ってたし」
「要らない」
「じゃ…その、コーヒー淹れてくる」
基の腕の中からもぞもぞ抜け出そうとする葵の身体を、彼は背後からぎゅっと抱きすくめる。
「そうはいかないよ、葵。言っただろ? 新しい年に切り替わる瞬間にもう一回抱いてやるよ」
「な、ななな、何言って―」
「二年越しでのセックスなんて、そう、滅多にする機会はないよ」
「当たり前でしょう!」かああっと頬を赤く染めて叫んで、葵ははっとする。「…そ、そんなのイヤ! 私はもう部屋に―んぅぅっ」
ぐい、と顔を仰向けにされ、首を捻った体勢で口をふさがれる。暴れたところで、基の大きな身体に圧し掛かられているので、動くことも出来ない。
それでも、不快、ではなかった。初めから嫌悪のようなものもなく、葵はただ基の狂気に翻弄され、きっぱりと抗うこともせずに身を委ねてしまった。何故だろう、と幾度も考えた。共に育った訳ではない二人。それほど外見も似ておらず、もしかして、家族の知らない場所で二人が偶然に再会していたら、どうだったのだろう。姉弟だと知ったとき、二人はどうしただろう。
しかし。どうしてか、そういう光景が浮かばず、葵の思考は堂々巡りを辿るだけだった。
「や、だ…っ、基、もう―」
僅かな隙をついて、葵は弟の腕から抜け出そうともがいてみる。
いけない、と葵は感じた。このままじゃ、ダメだ。これは、弟だ。同じ両親を持つきょうだいだ。何度も理性を呼び起こし、その事実を刻み込む。
いっときの恋の炎に焼かれ、熱に浮かされて求め合っても、いつか必ずその情熱は冷めて終わる。その後の関係を維持し得るのは、きっともっと深い部分で相手を尊敬し、信頼するからだ。或いは恋が終わり、関係も終了する。それはしかし、一般的な男女の場合だ。
基は、違う。彼とは生涯切れない関係性がすでに人生の先に横たわり、むしろ、‘きょうだい’という関係性以外をきっぱりと否定され、引き裂かれるだろう。
それでも、今、葵は彼の腕の中からすら逃れる術はなく、身体がすでに彼を求めて疼くのを止められない。
「ほら」ぐい、と膝を割られ、基の指先が葵の秘部をまさぐる。「葵の中はもうトロトロだよ」
「ぅ…っ、ヤダ、そんな―こと」
「俺が欲しいって言えよ」
耳元に熱い息がかかる。
「ど―して」耳たぶを甘噛みされ、舌先が髪の生え際を這うのを感じる。
「どうして? 基」
いつか見せた激しい憎悪、それと相反するような、そう、まるで搾り出すように呟いた彼の悲鳴のような言葉。復讐―。その言葉が浮かぶ。復讐したいのだ、彼は。
「君が欲しいよ、葵」
それは、嘘だ。
「手に入れたい」
「―私は、…物じゃない」
ふん、とほくそ笑む冷たい瞳が光った気がした。
「じゃあ、堕としてやるよ」
「人間の煩悩の数だっていうね」
答えが返ってくるとは期待していなかった葵は、「え」と弟の顔を見上げた。
「煩悩なんて言葉、知ってるんだ」
「知らない方がおかしいだろ」
リビングのソファにシーツを敷いて、二人は裸のまま毛布に包まっていた。部屋の扉は締め切り、暖房をどんどん強くして、熱いくらいの室温になっている。
「基は」どこかぼんやりしたまま、葵は言った。「サンタクロースっていつまで信じてたの?」何故、そんなことを聞いたのか葵にもよく分からなかった。あまりにも人生に冷めている彼に、寂しさのようなものを抱いたせいだったのだろうか。
「サンタを信じるには、まず、その存在を信じるに足る事実が必要だろ?」
「…どういうこと?」
「君は、毎年、サンタさんからだって、プレゼントを貰っていたんだろうね。そうすれば、サンタクロースってのはプレゼントをくれる誰かなんだって思う訳だろ? 俺は、クリスマスにプレゼントを貰ったことなんて一度もないんだよ」
葵は言葉を失った。
テレビは紅白歌合戦が終盤に差し掛かっていた。紅白それぞれの歌手の熱唱をBGMに、二人は何度も身体を繋いだ。今ようやく分離して、肌を寄せ合ってテレビ画面を眺めている。司会者が勝敗の行方を紅白それぞれのキャプテンに問い掛けている。
「じゃ…じゃあ、その―」誕生日には? と聞こうとして、葵は言葉を飲み込んだ。もしも、それすらなかったとしたら、いや、恐らく、なかったのだ、と彼女は唇を噛む。そんな親が、この世にいるんだろうか?
「基」
「葵、俺に同情なんて不要だよ」
冷笑を浮かべて基は彼女を見下ろした。
「年中行事なんて煩わしいだけだよ」
「で…でも―、あ!」
年中行事、という言葉に、不意に葵はもうすぐ年が明けることに気付いた。
「…も、基」
「なんだよ」
「あの、私…年越し蕎麦でも」
「要らないよ」
「で、でも、ウチでは毎年作ってたし」
「要らない」
「じゃ…その、コーヒー淹れてくる」
基の腕の中からもぞもぞ抜け出そうとする葵の身体を、彼は背後からぎゅっと抱きすくめる。
「そうはいかないよ、葵。言っただろ? 新しい年に切り替わる瞬間にもう一回抱いてやるよ」
「な、ななな、何言って―」
「二年越しでのセックスなんて、そう、滅多にする機会はないよ」
「当たり前でしょう!」かああっと頬を赤く染めて叫んで、葵ははっとする。「…そ、そんなのイヤ! 私はもう部屋に―んぅぅっ」
ぐい、と顔を仰向けにされ、首を捻った体勢で口をふさがれる。暴れたところで、基の大きな身体に圧し掛かられているので、動くことも出来ない。
それでも、不快、ではなかった。初めから嫌悪のようなものもなく、葵はただ基の狂気に翻弄され、きっぱりと抗うこともせずに身を委ねてしまった。何故だろう、と幾度も考えた。共に育った訳ではない二人。それほど外見も似ておらず、もしかして、家族の知らない場所で二人が偶然に再会していたら、どうだったのだろう。姉弟だと知ったとき、二人はどうしただろう。
しかし。どうしてか、そういう光景が浮かばず、葵の思考は堂々巡りを辿るだけだった。
「や、だ…っ、基、もう―」
僅かな隙をついて、葵は弟の腕から抜け出そうともがいてみる。
いけない、と葵は感じた。このままじゃ、ダメだ。これは、弟だ。同じ両親を持つきょうだいだ。何度も理性を呼び起こし、その事実を刻み込む。
いっときの恋の炎に焼かれ、熱に浮かされて求め合っても、いつか必ずその情熱は冷めて終わる。その後の関係を維持し得るのは、きっともっと深い部分で相手を尊敬し、信頼するからだ。或いは恋が終わり、関係も終了する。それはしかし、一般的な男女の場合だ。
基は、違う。彼とは生涯切れない関係性がすでに人生の先に横たわり、むしろ、‘きょうだい’という関係性以外をきっぱりと否定され、引き裂かれるだろう。
それでも、今、葵は彼の腕の中からすら逃れる術はなく、身体がすでに彼を求めて疼くのを止められない。
「ほら」ぐい、と膝を割られ、基の指先が葵の秘部をまさぐる。「葵の中はもうトロトロだよ」
「ぅ…っ、ヤダ、そんな―こと」
「俺が欲しいって言えよ」
耳元に熱い息がかかる。
「ど―して」耳たぶを甘噛みされ、舌先が髪の生え際を這うのを感じる。
「どうして? 基」
いつか見せた激しい憎悪、それと相反するような、そう、まるで搾り出すように呟いた彼の悲鳴のような言葉。復讐―。その言葉が浮かぶ。復讐したいのだ、彼は。
「君が欲しいよ、葵」
それは、嘘だ。
「手に入れたい」
「―私は、…物じゃない」
ふん、とほくそ笑む冷たい瞳が光った気がした。
「じゃあ、堕としてやるよ」
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