春樹は、松守に対して、龍一の何かを聞いた訳ではなく、まして自身の何かを頼んだ訳でもなく、ただ、彼が森の奥深くに入り込んでいく後ろにいつでもそっと付き従っていた。そして、駆けるように歩く姿を、目にも止まらない速さで周囲の枝を折り取る様子を、軽やかな舞を見るように優雅で無駄のないまるで神業のような彼の所業を食い入るように見つめ、ひとつひとつの動きに息を詰めて魅入っていた。帰りには、いったいいつどこで手に入れたのか、食材として、或いは薬草として、何らかの植物を彼は懐に持っているのだ。
松守も毎日のように彼の後を追う春樹を邪魔にする訳でもなく、かと言って何かを積極的に教えるつもりもないようで、黙々と自身の鍛錬を積んでいくだけの日々だった。
言葉を交わさなくても、春樹には分かったことがある。
松守は、龍一を護るために傍にいるのだということを。そして、二人は「何か」から逃げ続けているのだということを。
だからどうしよう、という気は、春樹にはなかった。彼は彼自身のことで手一杯であったし、不思議に妖しいあの少年に興味は抱いてはいても、特に深く関わるつもりはなかった。ただ、どこか気だるい空気を抱き、影の薄い彼に奇妙な思いを抱いていた。
体力がまだ万全ではなかったことと、一旦、無事な姿を家族に見せるため、春樹は家に戻った。
そして、彼はすべてを失い、大切なものを手に入れる。
ときの歯車は、不穏なきしみの音を響かせて、―回り始めた。
松守も毎日のように彼の後を追う春樹を邪魔にする訳でもなく、かと言って何かを積極的に教えるつもりもないようで、黙々と自身の鍛錬を積んでいくだけの日々だった。
言葉を交わさなくても、春樹には分かったことがある。
松守は、龍一を護るために傍にいるのだということを。そして、二人は「何か」から逃げ続けているのだということを。
だからどうしよう、という気は、春樹にはなかった。彼は彼自身のことで手一杯であったし、不思議に妖しいあの少年に興味は抱いてはいても、特に深く関わるつもりはなかった。ただ、どこか気だるい空気を抱き、影の薄い彼に奇妙な思いを抱いていた。
体力がまだ万全ではなかったことと、一旦、無事な姿を家族に見せるため、春樹は家に戻った。
そして、彼はすべてを失い、大切なものを手に入れる。
ときの歯車は、不穏なきしみの音を響かせて、―回り始めた。
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