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Stories of fate


陰影 2

陰影 第二部 (交わらない軌跡) 14

<さら>

 幸せな夢を見ていたのだ。
 この春から、ずっと。

 もう東京の町はどんよりした冬の空気に覆われて、息苦しい程の冷たい空気に包まれて、呼吸もうまく出来やしない。

 こんな風に置き去りにされるなら。

 出会わなければ良かった。
 知らなければ良かった。

 あんな風にドキドキして、身体中が心臓になっちゃったんじゃないかと思うような、身体の外まで音が聞こえるような熱い、鼓動も。

 声を聞いただけで心が震えて、ううん、身体中が熱く震えて、肌の熱さを全身で感じる悦びの瞬間も。
 抱きしめられると何も分からなくなる。頭の芯がくらりと痺れるあの至福感。そんな世界があるなんて、男の人と抱きしめ合えるなんて幻想を、初めから抱いたりしなければ…

「さら…?」

 心配そうな薫の視線を不意に感じて、私ははっと現実に返る。

「一緒に帰ろ?」

 あれ、薫、今日は、サークルは?

 なんてことも気づかないくらい、意識にのぼっても、言葉にすることすら苦しくて、声を絞り出すことすら辛くて、私はもう誰もいない教室をぼんやり見回して頷く。そして、のろのろと立ち上がる。

「ごめんね」

 意図せず、そんな言葉が唇から漏れる。

 ごめんね。
 誰に謝っているんだろう?

 
<慶一>

 父とようやくゆっくり話した。

 ランチを一緒にと言われ、それほど高級ではなくて、だけど、どこか隠れ家的な静かな店で。お互い、相手の言葉が分からない訳だから、秘書を介してだったが。初対面のとき、俺は相手の話をろくに聞かずに、さっさと日本へ帰してくれと、そういう思いだけで彼に対峙してしまっていた。それで、秘書が「寝不足で苛立っているのでしょう」と、強引に家へ案内したらしかった。

 俺を探し出したとき、俺に関する数々の情報は探偵社から得ていたようで、父は、俺の成績表だとか人物評価だとかを何度も見て喜んでいた…なんて話を聞くと、ほんの少し感傷的な気分にもなった。

 そして、母のことを、…母の最期を話したとき、彼は涙を零してくれた。
 瞬間、俺の中にあった大きな黒いわだかまりがすうっと氷解したのが分かった。

 母が、いや違う。母は初めから父を恨んだり憎んだりはしていなかったんだろう。俺だけが、一人で苦労した母の人生を、その時折見せる寂しい横顔を見てきたことを、俺が、許せなかったのだ。そうやって一人で母を逝かせた男を。

 知らなかったのだ、と父は言った。
 許して欲しい、と。

 たった一人、この世で血のつながった相手。そうか、父とは、そういう存在だったのか。


☆☆☆

 最近では、日本人同士でも教会で挙式をすることが多くなっているとかで、なんと、神父は日本語を介せるらしい。流暢とはまったく言えなかったが、必要最低限の言葉は日本語で行ってくれるらしい。参列者が米国人であるにも関わらず。

 父の仕事の関係者が着飾って普通に列席してくれることに、俺は微かな感慨をおぼえる。

 突然、現れた異国人の息子でも、俺は父にとっては唯一の血縁だ。アメリカはどうも、血、というものにものすごくこだわる。離婚調停でも、親権や子どもとの面会に関する項目が何より重要事項らしい。我が子に対する執着はすさまじい方に入るのではないだろうか。そして、すぐに裁判、となるのもこの国の特徴だ。

 それでも、右も左も分からない俺が、父の後継者として表舞台に立つことを快く思わない者、不安に感じる者が数多くいだだろう。当然の反応で、それが正しい。何しろ、俺は喫茶店経営くらいしか能がないと俺自身が思っている。

 挑戦してみたいことは、ゼロからの手作りの料理とか、店で使う皿もこだわって自分で作ってみたいとか、そんなささやかでしかし偉大なる野望だ。政治の世界に興味はないし、それは恐らく生涯変わらないと思う。

 ヒトには分というものがある。
 不相応なモノを背負うべきではないのだ。



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