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Stories of fate


陰影 2

陰影 第二部 (交わらない軌跡) 13

<さら>

 結局、マスターの行方は分からなかった。それ以前に、私は、彼の名を叫んでからの記憶が曖昧だった。夜の闇に消えてしまった彼。その幻を追っても追っても私には近づけない何かに阻まれ、手が届かなかった。

 誰も見てない。事件にもなっていない。無理矢理、どこかに連れ去られた訳でも、事件に巻き込まれた痕もない。つまりそれは、彼が自ら姿を消したということだ。それ以外に何が考えられるというのか。

 私の両親に会ってくれたその夜に、忽然と行方をくらましたことの意味。
 意に沿わないことだったから。
 望んでいないことだったから。

 遊びだった…?

 いや、可哀相に思ってくれただけで。ちょっと気まぐれに優しくしてくれただけで。彼の心はそこにはなかったのかも知れない。

 たくさんの、綺麗で積極的で、明るくて一緒に笑い合える女の子たちみんなの憧れで、誰もが彼を欲しがっていたのに、私を見てくれたなんて、本当は奇跡のようなことで。

 …夢、だったのだ。すべて。
 あの夜、幸せそうだった、優しげに微笑んでくれた彼の瞳の優しさは偽りだったのだろうか?

 …もう、何も分からない。
 何も、分からない。


<慶一>

 更なる現実が俺を打ちのめす。
 義母と呼ばれるその女性は、実は、バックにマフィアの影がささやかれている、と。

「悪いことは言いません。議員…お父上が、息子のために整えた唯一の解決策です。せめて乗る振りをしてください。もちろん、今すぐという訳ではありませんし、今はお約束だけで構わないんです。それに、あの夫人は確かに食わせ者ですが、私は、お嬢さんはごく普通の感性をお持ちの優しい方だと思ってます」

 翌朝の朝食後、父の秘書だという男―俺を日本へ迎えにきた彼―は、ホテルにこもったままの父の使いで屋敷に現れ、俺に目配せをしながらそっとそんなことを告げる。

「…それに、政治家の妻として、夫人は見事な才能を持っているんです。性格的に多少難があっても、議員は彼女とのパートナーシップを崩すつもりはないんです」
「勝手にしてくれ」

 俺の口からはため息と共にそんな言葉が漏れた。

 いや。確かに、俺も、義妹を素直な良い子だと感じていた。食事のマナーがきちんとしていたし、今朝、顔を合わせた途端、彼女は必死で覚えたらしい日本語で挨拶をしてくれた。はにかんだ笑顔で「オ…ハヨ、ゴザイマス」と言われ、俺は一瞬ぽかんとしてしまった。

 すると、彼女はどうも、すみません、間違ってましたか? と英語で聞いてきたらしい。

「あ、いや…。おはようございます」

 俺も、咄嗟には英語が出てこなくって、お互い自国語で会話をしてしまった。それでも何気に通じるところが笑えた。そして、その瞬間、俺のささくれ立っていた心はほんの少し温かいものを蘇らせたのだ。

 それでも。俺は、母とは違う。言葉もろくに通じない相手と生活を共にするつもりは毛頭ない。心が通じれば言葉の壁なんてどうにかなる、と俺は思わない。日本人はモノゴトをはっきりと言葉にしない分、瞳でものを言うことも多い。そして、気配を、空気を読むことに長けている。そういう微妙な言葉以外のコミュニケーションをアメリカ女性に求めるつもりはないし、俺はそういうことを自然に分かってくれる子じゃないと一緒にはやっていけない気がするのだ。

 何より。
 ただ、俺は、さらに会いたかった。義母にしても義妹にしても、まったくタイプの違う女性を見ると余計に彼女が恋しかった。やっと手に入れたと安堵した瞬間、砂のようにさらりと指の間をすり抜けて逃げてしまう小鳥。

 捕まえて、抱きしめたいのは彼女だけだった。


☆☆☆

 青い空を見上げて、そして、ゆっくりと正面に視線を据える。
 白い、教会。

 こんな場所で結婚式を行うことになるとは思わなかった。日本の神社で、和服の似合う子と厳かな式を挙げることを俺はなんとなく心に描いていた、気がする。いや、そもそも、そんな明確なビジョンはなかったのだ。

 それでも。
 ここは、違う。

 こんな風に異国で…白いタキシード? 柄じゃない。
 母の墓前に何の報告もしないままに。

 良いのだろうか。本当に、良いのだろうか、これで。俺は、本当に後悔しないだろうか。

 考えるのはよそうと思う傍から、そんな不安と微かな後悔が何度も押し寄せる。まだ花嫁の現れないヴァージンロードを振り返り、小さく息を吐く。

 俺は…



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