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Stories of fate


陰影 2

陰影 第二部 (残り香) 3

<さら>

 小学校に入学してすぐ、私は何度か熱を出して寝込み、学校を休んだ。

 決まって、月曜日になると熱があがる。或いはお腹が痛くなる。それはびっくりするほど本当にそうで、仮病などではなかった。

 身体がそれほど弱い訳ではない。白子というものでもなく、単に色素が薄いだけで、これも成長するに従って目立たなくなるでしょう、と小児科では言われていた。

 だけど、将来どうなるかではなくて、私にとっては『今』が肝心なのだ。

 太陽の下にいても、私の肌は日に焼けて黒くなることがなく、あまり長い間外に出ていると、ヤケドのようにひりひりしてきて、仕舞いには真っ赤になってしまう。幼い頃からずっとそうだったので、私は夏でも半そでを着られない。そして、髪の毛の色も薄いので、姉が着る服は似合わない。お下がりの服を着ると、全体の印象がぼやけて奇妙に見える。

 顔立ちが辛うじて家族の空気を抱いていて、他人ではないのだと認識できる程度だ。

 初めて会った子に、「どうして、そういう髪なの?」などと質問されると、私は用意していた答えを咄嗟に答えられなくて、口ごもってしまう。心臓がドキドキして、もはや言葉を紡げなくなる。そばに姉がいれば、順当な答えを返してくれることもあったが、私は、聞かれること自体がイヤになり、誰とも目を合わせないような癖がついてしまった。

 それが女の子だったらまだ良い。聞いても答えが返ってこないことが分かると、もう近寄ってこなくなる。しかし、男の子だとそうはいかなかった。まるで、異端を排除しようとしているかのように、執拗につきまとってくる。たった一言でも返そうものなら、いつまでもそれを口真似してはやし立てる。私が泣き出すと益々興奮したように大騒ぎをするのだ。

 先生が見つけて注意してくれることもあったが、先生も結局は私が悪いのだと言うのだ。

「ちゃんとお話しすれば良いのよ? みんな、さらちゃんとお話ししたいから寄ってくるのよ?」

 そんなことを言われても、私にはどうして良いのか分からない。
 ただ、周り中のすべての人が怖かった。

 子どもは正直で、残酷な生き物だ。しかし、一番、生きることに敏感で、彼らの感性のようなものは正しい。異端を怖れ、排除しようという本能は、間違ってはいないのかも知れない。

 日本はそうやって、諸外国の干渉を排除して静かに繁栄してきた小国なのだから。


<慶一>

 ため息をつかれ、俺は、その家の中で厄介者であることを、更に迷惑を掛けてしまったことを申し訳なく思うしかなかった。イヤイヤ引き受けてもらった時点で俺は大分肩身が狭かったが、ケンカをして、しかも双方ともけっこう怪我を負ってしまったのだ。我が子なら相手方の親に謝りもしようが、預かっただけの親戚の息子だ。ため息も漏れるだろう。

 頭では分かっていても、しかし俺は素直に謝ることが出来なかった。なんだか、理不尽な思いに苛まれ、しかも、そもそも俺にはどうすることも出来ない容姿が原因だ。片親であることを、外国人の血が流れていることを、俺はそれまで恥と思ったことも疎ましく感じたこともなかった。

 父が恐らく妻子のある外国人男性で、日本に滞在中の出来心で母との間に俺を作ってしまったことも、俺は嫌悪を抱くことなく受け入れられていると思っていた。母は、決して父を悪く言ったことはなかったし、俺も会ったことはないが、父親を憎んだり恨んだりはしていなかった。それは母が父を愛していることを、まだ現在進行形で彼を想っていることを感じ続けていたからだろう。

 それでも。こんな風に、父の血のせいで好奇の目にさらされることは幼い頃から感じ続けていたし、どうして皆と違うのか? という質問はよく受けていた。その受け答えの仕方は母に教わっていたし、一度聞いて納得すると、子どもというのはそのまま受け入れてくれるものだ。だから、俺はそれまで特に気にならなかっただけだったんだと、新たな環境で、質問すら受ける前に、ただ嫌われるという目に遭って初めて知った。

 子どもというのは、初めて目にする奇異なものに関心を示し、近づき、そして、害がないと分かると、それがおもしろいものだと分かるとそれ以上の敵意は向けてこない。しかし、少し大人になって知恵がつき、珍しいものが本当に珍しいものだと知ると、反発するか、無視するか、排除したくなるものらしい。

 それは、心の底からの欲求や不安というより、世間の目を気にする術を見につけるから。

 大人の目にどう映るかの計算が働くから。そして、何が一番得なのかを無意識に模索するのだ。そして、大人はもっと始末が悪い。

 それでも、スレてしまわなかったのは、俺はやはり周りに相当恵まれていたからだろう。
 酷い扱いを受けたのは、その田舎での僅かな時間だけだった。都会に戻ると、むしろ、俺は人気者になっていったのだ。

 だからこそ、俺はそのときの経験を忘れない。戒めとして。
 受け入れられない‘孤独’の心の在り処を。そういう思いを味わったことを。


☆☆☆

 アパートの前まで送ってもらって、さらは、なんだか恥ずかしくて慶一の顔をマトモに見られないまま、俯いて頭をさげる。

「ありがとうございました」

 くすり、と笑って慶一はその髪の毛にそっと触れて、「またね」と去っていく。

 ぼうっとそれを見送って、さらは慌てて階段をのぼる。のぼりながら、ようやくしっかりと慶一の背中を見つめた。軽やかに歩き去る背の高い慶一の後ろ姿は、朝の光に透けて眩しいくらいだ。恐らくそのまま彼は店に出るのだろう。仕事をするものすごく真剣な横顔を思い出しながら、なんだかふわふわした気分で、彼女は慶一の姿が町の中に消えるまで見送っていた。

 案の定、薫は不在だった。もう出かけたか、昨夜からいなかったかは分からない。ここのところの週末、彼女は不在のことが多くなっていた。

 身体に感じる違和感。
 さらは、思い出して胸の鼓動が早くなる。

 何がなんだか分からなかったけど、どうすれば良いのか、どうすれば良かったかなど、今でも分からないけど、部屋に戻って息をついた途端、抱きしめられたときの至福感を不意に全身に感じ、彼女はかああっと一人頬を染める。

 ‘ちょっとの間で良いから、このままでいて?’

 そう囁かれたときの慶一の息遣いまでリアルに蘇ってきた。
 そして、昨晩の言葉。

 ‘短大卒業したら、俺のとこにお嫁にこない?’

 …本当だろうか?
 あれは、本当に彼が言った言葉だったか? 思い込んだ妄想だったのではないだろうか?

 カーテンを閉じられたままの部屋の窓を、その隙間から差し込む光に舞う埃を見つめていたら、なんだか無性に不安になってきた。

 こんなこと、夢かも知れない。
 嘘かも知れない。からかわれただけだったのかも。

 その渦はどんどん大きくどす黒くなって、さらは不安になってきた。

 だって、今まで誰も彼女の心に触れてくれようとはしなかったのだ。いつでも彼らの関心は薫に対してだけで、さらを真っ直ぐに見つめて声を掛けてくれた相手などほとんどいない。

 しかし、それは周りの男性の問題ではなく、彼女自身の中に巣食う闇があってのことだとは、さらは気づいていなかった。

 それこそが、彼女の呪縛であったことに。



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#2321[2012/08/22 18:09]     

鍵コメポール・ブリッツさまへ

ポール・ブリッツさん、

> 先生!
>
> 白痴と白子(アルビノ)は違います!(^^;)

↑↑↑あ、確かに(・・;
以前にも似たような言葉の間違い、ご指摘いただきましたね(^^;
ありがとうございます。
直しときます~!
でも、なんとなく、そっち(白痴)の意味合いも欲しかったんだよなぁ。
何かを根本的に間違っとりますね、fateは。
#2322[2012/08/22 19:24]  fate  URL 














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