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Stories of fate


アハンカーラ ~エゴ・自我意識~ (R-18)

アハンカーラ (黒い影) 11

 いつの間にか、季節は巡ろうとしている。
 真夏だったあの日から、太陽の光はほんの少し柔らかく、空は時々澄んで遥か遠くから私を見下ろす。

 そんなある日、公男がいつもの通り出掛け、私はゆっくりと朝食の後片付けをしながら、今日、おばあちゃんがする予定だと言っていた畑の作業を考えていた。確か白菜の種? 苗? を移植するとか、蒔くとか…?
 そうすると、細かい作業になるから、私は手袋は要らないかも。保湿クリームと日焼け止めだけたっぷり塗っておこう。

 農作業にそれほど興味はなかったが、別にイヤでもなかった。無心に身体を動かしていると、何かを考える必要がないからだ。もともと何も考えてはいないのだが、考える暇がないのと、時間があるのに考えたくないから先延ばしにしているのとでは、精神的負担が格段に違う。

 今私は、何も、考えたくないのだ。

 おばあちゃんは家事を私に任せ、もう、畑に出ている。出ている、と言っても、家の周りが畑なのだから、先に外に行っているだけなのだが。

 茶碗を片付け終わって、ふきんを洗おうとしたとき、不意に、玄関先で人の声がした。
 若い男の声だ。

 イヤだなぁ。セールスだろうか? 私は元々この家の者じゃないから、出ても何も分からないし答えられない。居留守を使って無視しようかと咄嗟に考えた。知らない人と対面して何か話す、という作業を考えただけで億劫だった。

 しかし、気が動転していたのか、つい、ゴミ箱につまずいて、蹴倒してしまう。がたん、と派手な音が響き、あっ、と思わず声が出てしまった。

 すると、中に人がいる気配に気付いたのだろう。
 玄関先の男は、勢い良く、中に向かって声を張り上げる。

「ごめんください、すみません!」

 仕方なく、私はのろのろと玄関に向かう。閉じられたガラス戸に黒い人影が見えた。上下同じ色のきっちりしたシルエットで、スーツ姿なのだと分かる。やはり、セールスか何かの類だろう。しかも相手は一人ではないとそのときようやく気付いた。人影は少なくとも数人いた。

「すみません、私は留守の者で、今、家人は出かけているんです」

 私は、扉を開けずにそう言ってみる。

 すると、その人影は、一瞬動きが止まった。そして、ヒソヒソと何かを話す声が微かに聞こえた。なんとなくイヤな予感がして、私はパッと踵を返した。それはどこか身体からの命令、本能のようなものだ。

 不意にガラガラと引き戸の扉が開けられ、間一髪で私はキッチンへ身を隠し、更に裏口から外へ走り出た。

「おいっ、待て!」

 数人の男がいつの間にか裏へ回って私を追ってくる。黒いスーツ姿の男たち。不意に、眠っていた恐怖の記憶がフラッシュバックする。
 畑で農作業をしていたおばあちゃんが、私の姿を見つけて顔をあげた。

「どうしたんじゃ?」

 必死な形相で走っている私を怪訝そうに見つめる彼女の姿に、背後に迫っていた男たちはぎょっとして動きを止めた。そして、先頭の男が何かを言い、一瞬私を振り返った彼らはそのまま来た道をそそくさと引き返して行く。

 息を切らせて茫然とそれを見送った私は、よくは分からないなりに「助かった…」と思う。そして、あの男達を引き下がらせるなんて、もしかしておばあちゃんはただのおばあちゃんではなかったのでは? と同じく茫然と畑の中に苗を抱えてつっ立っている彼女を見た。

「なんだね? 借金取りか何かかい?」

 しかし、やれやれ…と腰を叩くおばあちゃんの呆けた表情を見た途端、私は思わず力が抜けてしまった。
 いや、むしろ、彼らはおばあちゃんの姿を見て、他に人がいることに驚いた、という雰囲気だった。

 つまり。一般の人に関わって世間に知れる訳にはいかない…という方が正しそうだ。
 そう考えが至ったとき、私はざわりと背筋が冷えた。

 それは一体どういうこと?
 彼らは、マトモな種類の職業人ではないということ?

 そして。
 彼らに追われる覚えのある、私は誰なの?
 

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