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Stories of fate


アハンカーラ ~エゴ・自我意識~ (R-18)

アハンカーラ (謎) 7

 男の言っていた通り、3日後の早朝、私は男に連れられて山を下りた。その朝、男は小屋の中を整理し、窓を閉めて鍵を掛けた。そして、しっかりと戸締りをして私の手を引いてゆっくりと山を下りていく。かなり歩いてへとへとになった頃、不意に開けた場所に出て、そこに停めてあった車に乗せられた。

「どこに行くの?」

 私は運転する彼の横顔に聞いた。

「俺の家」
「…そう」

 家があるんだ、と思った。じゃあ、あの小屋は何だったんだろう?
 数十分も走っただろうか。着いたのはごく普通の民家だった。周りは住宅地というよりは田んぼや畑の方が多かった。かなりの田舎だ。

 玄関の扉を開けて、男は家の中へ向かって叫ぶ。

「おばあちゃん、言ってた子を連れてきたけよ、俺は出かけるから後は頼んだよ」

 言ってた子、って何よ? いったいどういう説明したんだろう? と少し不安に思っていると、奥から小柄なおばあちゃんが出てきた。もんぺ姿で、もうかなりの年らしい、だけど可愛いおばあちゃんだった。そして、私の顔を見ると目を細めて、どうぞ、あがんなさい、と笑う。

「お邪魔します…」

 よく分からないなりにも、私はそう言って頭をさげた。

「じゃ、俺は行ってくるから」

 男はそのまま玄関で踵を返し、え? と私はその後ろ姿を茫然と見送る。
 ちょっと待ってよ、私にどうしろっていうの?
 だいたい、このおばあちゃんに私のことをどう説明しているのよっ?

「公男のことは気にせんでええよ。直に帰ってくるから。あんたは中に入って休みなさい」

 そう言われて、私は諦めてそろそろと中へ入った。まさか、彼女だなんて言ってないでしょうね、と思いながらも、居間に通されて、小さなテーブルにお茶を出される。そして、おばあちゃんは「畑仕事に行ってくるから楽にしてなさい」と言ってこれまた裏から出て行ってしまった。

 あの男にしろ、このおばあちゃんにしろ、私が勝手にどこかへ逃げ出したり、警察へ行ったりするとかっては微塵も考えないんだなぁ、とぼんやり思う。

 一人置き去られて、私はどうして良いか分からなくて、居間の畳の上にぼんやりする。壁に寄りかかって天井を見ると、板張りの木目が私を見下ろしていた。そして、その後、すぐに私は意識がなくなった。

 このところ、いつもそんな感じだ。いや、正確にはあの日、あそこで目覚めてからなのだが。
 日中でも、時間が空いてぼんやりしたとき、不意に睡魔に襲われるのだ。そして、ところ構わず私は眠る。まあ、大抵小屋の中にいるので、ベッドまでは辛うじて辿り着いてはいるのだが。

 目が覚めると、薄い毛布が身体に掛けられてあった。
 そして、お味噌汁の匂いがして、おばあちゃんが台所で立ち働いている後ろ姿を見つける。ぼんやりしたままの 頭をぶるんと振って、私はだるい身体を起こした。

「あの…何か手伝います」

 おばあちゃんの後ろ姿に声を掛けると、彼女は振り返って私を見上げた。

「そうかい。じゃあ、そこの野菜を器に盛ってくれるかねぇ」

 コンロの上に中華なべがあり、中には緑色の野菜が刻まれて肉と一緒に炒めてあった。脇には大きな皿が置いてあって、それに全部を盛り付ける予定らしいと私は判断する。

「もうすぐ公男も戻ってくるべから、茶碗を三つばかり出してくれるかね?」

 盛り付けを終えて中華なべを流しに置くと、おばあちゃんが私の背後の食器棚を指した。
 私は、ガラスの引き戸をがたがたと開けて、ご飯用の茶碗と味噌汁用の椀と、もしかして必要かと思って野菜炒めを取り分ける銘々皿のようなものを探した。

 おばあちゃんは、大きなお盆を木製のテーブルの上に出してきて、それに箸とふきんを乗せ、私が盛り付けた野菜良炒めの大皿を置き、そして、私が次々取り出す食器を待っていてくれる。そうか、居間のテーブルに運ぶつもりなんだな、と私は思う。

 そうやって、二人で昼食の支度をしていると、男が、ただいまぁ、と玄関から入って来た。そして、まっすぐ台所に入ってきて、私の姿を見てぎょっとした表情をする。

「何、やってんの? お前…」
「何ってことがあるかい? 手伝ってもらってたんだよ。お前、早くこれをあっちに運んでくれ」

 私が答える前に、おばあちゃんは言った。

「はいはい」

 男は素直にそう答えて、一瞬、私に訝しそうな視線を走らせる。
 何か、そんなに変なこと、してる…?

 私は思ったが、もう、敢えて何も聞かない。きっと、あの男は記憶を失くす前の私を知っているのだろう。今の私と、その‘私’だった人物との隔たりがものすごくあるのかも知れない。
 しかし、私の興味はそこまでだった。

 知りたいと思わなかった。私が誰なのか…。


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