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Stories of fate


虚空の果ての青 第三部

虚空の果ての青 (新たな舞台) 23

 短い会見の後、レオは爽やかな笑顔を見せて消えていった。相変わらずつかみどころのない兄だ。あれだけ目立つ外見をして、存在感のある男なのに、不意に空気に溶けて気配を消してしまうことがある。

 恐ろしいと思った。いったい彼の情報網には不可能ということがあるのだろうか?

 そして。
 桐嶋勲。優を育ててくれた恩人。こんなところで彼の消息を聞かされることになるとは。桐嶋は、カーチャに出会い、優の人生に関わってしまったばかりに数奇な運命を背負わされ、やっとそこから解放された途端、恐らくレオの部下に消されたのだ。

 どんなに詫びても詫び切れない。
 静寂を失ったときと同じような痛みが樹の胸を貫いた。



‘君のsweet heart がこれ以上涙を零すことを望まないだろ?’

 ふと、兄の言葉が脳裏を過ぎり、樹は怪訝に思う。
 そうだ、何かそのとき、小さな違和感を抱いたのだ。
 それは、いったい何だろう?



 仕事に戻り、本社からのファックスを眺めながら、その内容の乱雑にして横暴な依頼に眉をひそめて、樹はレオの言葉を反芻する。

 兄の、レオの提案はそれほど悪くないかも知れない。

 ふと、そんな考えが浮かぶ。

 要するに、樹がしなければならないことは、レオに名前を貸すことだ。彼の隠れ蓑になることだ。恐らく、実質的にはほとんどレオが好きに動いてくれるだろう。

 表面上、財団の中枢に位置してしまえば、むしろ、雑魚共は不用意に手を出してこなくなる。そんなことをすれば本国の財団から総攻撃を受けることは明らかなのだ。組織の末端に居るより、細かい危険に気を配る必要がなくなる分、楽かも知れない。その代わり、下手なちょっかいが消えるのと引き換えに、命そのものを狙われる危険はぐんと高くなる。

 特に、優を守らなければならない。
 いや、その手配もレオがしてくれるのだろう。樹が、優を失うことの意味を彼はよく分かっている。

「結局、兄には敵わないなぁ…」

 その夜、樹は自宅に戻ってから、珍しく携帯電話で美也子に直通電話を掛けて、レオとの密談を伝える。相談というよりも、それはもう報告に近かった。

「なんで、そうなるのよ? 何のために私がレオをハワイにまで引っ張り出したと思ってるの?」

 母の反応は当然、不服そうだった。組織を束ねる苦労を、ボスの身近で支えている彼女には無理からぬ心配だった。優は美也子とは違う。彼女はそういう世界に関わる術を何も持たないごく普通の少女だ。いたずらに彼女を危険にさらすことになると、美也子は恐れているのだろう。

「うん、兄と直接話す機会を作ってくれたことに感謝している。いずれ、あの兄とは会わなければならなかったらしい。こっちでアクションを仕掛けなくても、きっと向こうから連絡が来ていただろう。いずれ、まだどうなるか分からないよ。ただ、そういう可能性も視野にいれて進んでみるってことだよ。だいたい、会社の幹部連中が俺なんて認めないって言われたらそれで終わりだからね」

 美也子は大きなため息をつく。

「…まったく、あんた達兄弟は…。でも、長い目で見ればそれが無難かも知れないわね。大きくなり過ぎた組織は腐敗の種が出てくるから…。あの人もいつまでも若くない。昔のような体力もないし、もう、世代交代の時期よね。確かに本国とアジアは分けるべきかも知れない。或いは、もっと細分化して、それぞれの地域を子ども達に分けて競わせれば良いのかも。機会は平等に与えられるべきよね」
「それはどうか分からないけどね」

 樹は言う。

「実力・能力のない者が組織のトップに立つべきじゃないことは、母さんもよく分かってるだろ? 俺が知る限り、それがあるのはレオだけだ」

 こそこそと優を狙う兄たちの今までの動向を見ると、樹は怒りが湧き起こってくる。妬みに寄る理不尽な争い。器の小さい人間が人を操る権力を得てしまったら、それは周りに人間にとっても、従う人間にとっても、この上ない不幸だ。

「レオが、今、本国に手を出さないのは、いずれ内部から崩壊していくことを見越しているんじゃないかな」
「…う~ん、そうでもないかも」

 美也子はちょっと考えて言った。

「人材がまったくない訳じゃないのよ。本国を束ねるに足る…かどうかは別として、本人は大したことなくても、人を集めるのに長けたやつがいるのよ。独裁じゃなくて、ブレインをフルに使ってやっていくなら、なんとかなるんだろうな、ってのが。人間的にはかなり問題あるけど、そこそこ強引なやつじゃないと荒くれ者共を大人しくさせられないしね。こっちはこっちで、なんとかなるかな。…まぁ、お前はレオとタッグを組んで、アジアをなんとかしな。ボスには機会を見て話してみるよ。…って言っても、もう、レオが話を通している可能性の方が高いのか」

 美也子は笑った。

「まったく、レオは我儘よね」
「いや、我儘なら俺もだね」

 樹の言葉に、美也子は微笑む。

「そうか、人間なんて我儘な生き物よね。その我儘を貫き通せるかどうかで人生は決まるんだろうね。お前は、今まで、結局は何も本当には望まなかった子だから、最後の我儘くらい通してみな」

 恋人と引き離された時間が今の結果を生み、娘の人生を背負うことを決めたからこそ、レオの計略に加担せざるを得なくなった。

 そして、人生のすべてを注ぎ込んでも惜しくない相手を手に入れたから、彼は、今、それを守ろうとしている。
 ヒトは愛する相手のためなら、きっとどんなことでも出来るのだろう。

 美也子が、最愛の息子と離れて生きることになっても、支えたい相手に出会ってしまったように。
 長い間、美也子は、息子にはそういう血は受け継がれなかったものと思っていた。樹が、ずっと女性関係に淡白だったから。

 しかし、それは、彼が、ずっと‘優’を探し、彼女を待っていたからに過ぎなかったのだろう。
 初恋の最愛の女性(ひと)。そして彼女の生んだただ一人の娘。自らの血を受け継ぐただ一人の女の子。それらすべてが‘優’に集約され、ひとつになった。

 他に望むべくもない唯一の女性として、彼女は樹の前に現れてしまったのだ。
 それはもう神(摂理)にも止められはしなかったのだろう。

「そうだ、母さん。レオって、ゲイだって言ってた?」
「ああ…、それがどうかした?」
「いや…うん。もしかして、兄は恋人と死に別れたりしてる?」
「…どうして?」
「いや、なんとなく、そんな気がしただけだよ」

 あのとき。
 レオが優のことを口にしたとき、彼は確かに具体的な誰かを思い浮かべているような遠い目をしていた。
 そうだ、そこに引っ掛かっていたのだ。

「死に別れた…そうね。相手はもうレオのことを分からない訳だから、死に奪われたも同然かな」
「どういうこと?」
「薬物被害者…というのかしら。レオの情人(こいびと)であることを知られて敵対勢力に拉致されて、彼は薬を打たれ続け、廃人になったらしいわね。…レオがモンゴルへ去ったのはその後よ」
「…そうだったのか」
「私も後から聞いた話。そういえば、相手は、日本人だったとか。…ああ、だから、彼は日本語があんなに流暢なんだわ」

 その話は樹の胸を貫いた。

 だから、彼は…。
 だから、彼は麻薬取り引きを行う清琳を憎み、攫われた優を必死に助け出す手立てを整えてくれたのだ。弟に同じ悲しみを与えたくないために。



‘そう、関係ないからだよ。憎しみも恨みもない。だからだ’



 嘘ばっかりじゃないか。

 レオは、日本人である樹と優に会いにわざわざハワイへやってきて、あの事件以来、明確に二人をサポートしてくれていたのだ。

「まぁ…その件に関しては、お前が決めたなら、私も全力で応援するよ。裏からいくらでも手をまわしてあげるから」

 母の言葉に苦笑して、樹は電話を切った。

 ありがとう、兄さん。
 レオと兄弟であるという事実を、そのとき、樹は初めて胸に留めた。
 


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