一階まで下りて、樹はフロントにキーを預ける。
出ようとしたとき、樹はフロントから内線が入っていると呼び戻される。息子の部屋に内線をしてつながらなかった美也子が、慌ててフロントに確認の電話をしたらしい。樹はその応対に追われ、優は、退屈になってふとロビーテーブルに放置された新聞紙に視線を落とした。
そして。
彼女は、目を見開いた。
昨日、優の髪を切ってくれた美容師の顔写真が載っていたのだ。
優は、茫然としたままテーブルに近づき、その新聞を手に取った。英語で書かれてあるその文章は彼女にはよく分からなかった。だが、その見出しのMurderという単語。それだけ、優は知っていた。Murder…殺人。
震える手で、優はその新聞紙を握った。
「どうして?」
昨日の彼女の明るい笑顔が浮かんだ。そして、樹に短く切れと言われて泣くことしか出来なかった優を庇って、彼女は別の提案をしてくれた。優が泣かずに済むように、樹が怒らずに納得出来るように、その接点をさりげなく探ってくれた。
写真の彼女の少し生真面目な顔。昨日よりも髪が短い、だけど昨日と同じ制服姿。その顔が、悲しそうに見えた。
Murdered…殺されたのだ。誰かに。
誰に? どうして?
そして、次の瞬間、優は背筋がすうっと冷えていくのが分かった。
あのパーティのとき、希美子や山城、九条が必死に優を庇って、助けてくれた。そして―
ああ、静寂。優は彼の名前を知らされてはいない。しかし、不意に彼の面影が浮かんだ。彼の声が耳元に響いた気がした。
きっと、私に関係しているのだ。
私に関わったから、それが原因で殺された…。
「優ちゃん?」
振り返った樹は、茫然と青ざめた優のその手の中の新聞記事を見た。その、写真を見つけて、樹はしまった、と思う。不覚だった。
「優ちゃん!」
彼女の手から新聞紙を奪い、樹は今にも悲鳴をあげそうな形相の優を抱きしめた。
「い…いつき…いつき…」
「部屋へ帰ろう、優ちゃん」
「いつき…どうして…」
「大丈夫、何でもない」
優は、取り乱したりはしなかった。ただ、震えながら樹の胸にすがり、白い顔は更に血の気を失って青ざめていた。
「私の…せい?」
「違う、違うよ、優ちゃん」
「でも…」
優は、樹を見上げ、彼の苦痛に満ちた表情からすべてを察してしまった。
「私が…殺した…?」
「やめろ、優ちゃん。そんなことはないんだ!」
ぐらりと優の視界が揺れる。それでも、優は必死で意識を保った。逃げてはいけない。あの人は…あの人は、私に関わったせいで殺されてしまったのだ。
慌てて優を抱き上げた樹の腕の中で、優は瞳を閉じた。
知らなきゃならない。
どうして、彼女が殺されたのか。
誰が、どうやって彼女を殺したのか。
優は両手で耳をふさぐ。
イヤだ、こんな風に誰かを失うのはイヤだ。私のせいで、誰かが殺されるなんて、もう、絶対にイヤだ。
「優ちゃん?」
まるで呼吸すら止めたように動かなくなってしまった優を腕に抱いたまま、樹はエレベーターで部屋へ戻る。付き従う鹿島にもなす術はない。油断した、と誰もがショックを受けていた。テレビを観ない優に、事件が知れることはないと安心していた。まさか、新聞に記事が載るとは。
それほど、大きな事件ではないのに、邦人が殺されたことで、現地でもショックが大きかったのかも知れない。
出ようとしたとき、樹はフロントから内線が入っていると呼び戻される。息子の部屋に内線をしてつながらなかった美也子が、慌ててフロントに確認の電話をしたらしい。樹はその応対に追われ、優は、退屈になってふとロビーテーブルに放置された新聞紙に視線を落とした。
そして。
彼女は、目を見開いた。
昨日、優の髪を切ってくれた美容師の顔写真が載っていたのだ。
優は、茫然としたままテーブルに近づき、その新聞を手に取った。英語で書かれてあるその文章は彼女にはよく分からなかった。だが、その見出しのMurderという単語。それだけ、優は知っていた。Murder…殺人。
震える手で、優はその新聞紙を握った。
「どうして?」
昨日の彼女の明るい笑顔が浮かんだ。そして、樹に短く切れと言われて泣くことしか出来なかった優を庇って、彼女は別の提案をしてくれた。優が泣かずに済むように、樹が怒らずに納得出来るように、その接点をさりげなく探ってくれた。
写真の彼女の少し生真面目な顔。昨日よりも髪が短い、だけど昨日と同じ制服姿。その顔が、悲しそうに見えた。
Murdered…殺されたのだ。誰かに。
誰に? どうして?
そして、次の瞬間、優は背筋がすうっと冷えていくのが分かった。
あのパーティのとき、希美子や山城、九条が必死に優を庇って、助けてくれた。そして―
ああ、静寂。優は彼の名前を知らされてはいない。しかし、不意に彼の面影が浮かんだ。彼の声が耳元に響いた気がした。
きっと、私に関係しているのだ。
私に関わったから、それが原因で殺された…。
「優ちゃん?」
振り返った樹は、茫然と青ざめた優のその手の中の新聞記事を見た。その、写真を見つけて、樹はしまった、と思う。不覚だった。
「優ちゃん!」
彼女の手から新聞紙を奪い、樹は今にも悲鳴をあげそうな形相の優を抱きしめた。
「い…いつき…いつき…」
「部屋へ帰ろう、優ちゃん」
「いつき…どうして…」
「大丈夫、何でもない」
優は、取り乱したりはしなかった。ただ、震えながら樹の胸にすがり、白い顔は更に血の気を失って青ざめていた。
「私の…せい?」
「違う、違うよ、優ちゃん」
「でも…」
優は、樹を見上げ、彼の苦痛に満ちた表情からすべてを察してしまった。
「私が…殺した…?」
「やめろ、優ちゃん。そんなことはないんだ!」
ぐらりと優の視界が揺れる。それでも、優は必死で意識を保った。逃げてはいけない。あの人は…あの人は、私に関わったせいで殺されてしまったのだ。
慌てて優を抱き上げた樹の腕の中で、優は瞳を閉じた。
知らなきゃならない。
どうして、彼女が殺されたのか。
誰が、どうやって彼女を殺したのか。
優は両手で耳をふさぐ。
イヤだ、こんな風に誰かを失うのはイヤだ。私のせいで、誰かが殺されるなんて、もう、絶対にイヤだ。
「優ちゃん?」
まるで呼吸すら止めたように動かなくなってしまった優を腕に抱いたまま、樹はエレベーターで部屋へ戻る。付き従う鹿島にもなす術はない。油断した、と誰もがショックを受けていた。テレビを観ない優に、事件が知れることはないと安心していた。まさか、新聞に記事が載るとは。
それほど、大きな事件ではないのに、邦人が殺されたことで、現地でもショックが大きかったのかも知れない。
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