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Stories of fate


虚空の果ての青 第三部

虚空の果ての青 (海との再会) 9

 常夏の島。
 青い、抜けるように青い海と空。その開放的で退廃的な空気に触れただけで、人は気分が楽になるものらしい。
 中3日間という5日の日程で、唐突に二人はハワイへ旅立った。前後の2日はほぼ移動なので、ゆっくり出来るのはほんの数日だ。樹は、優の様子をみて、滞在日数は多少前後させるつもりでいた。

 日本のゴールデンウィークを避けて、急遽、優は病欠として学校に休みを届け、樹も出張扱いで強引に休みを取った。5月の末のことだった。

 国際空港までは佐伯が車で送り、空港内部も飛行機の機内も鹿島と数人のSPが常に付き添った。更に現地にもすでに人を手配している。

 母が、パーティのとき、優に近づいた男のことをひどく心配して手配してくれたものだった。彼女も一日だけハワイで落ち合うことになっていた。忙しい彼女がわざわざ時間を取ったのは、優に会いたかったことも去ることながら、やはり不安があったからだろう。自分が一緒の方が相手が仕掛けにくいことが分かっているからだ。

 二人が日本にいる分には、恐らくまだ良いのだ。しかし、休暇だとはいえ、自分たちのテリトリーに乗り込んでくる弟を、兄たちは警戒しているに違いない。

 オーストラリアやヨーロッパも候補に考えてはみたのだが、オーストラリアはこれから冬季に向かう季節で、ヨーロッパは治安が心配だった。結局、一番無難なのはハワイくらいだったのだ。

「優ちゃん、大丈夫?」

 その日、何度目かの質問に、優はさすがに呆れたような視線を樹に向ける。飛行機の中。ファーストクラスのゆったりした席に、毛布をもらってくつろいでいた優は、窓の外の景色に少なからず興奮していた。

「大丈夫。具合悪くないし、疲れてもいないし、熱もないよ」

 優の多少うんざりした返答に、樹は苦笑する。少し寝てなさい、と何度も言われたが、優はまだ眠くなかった。それより、初めて目にする雲の上の光景に浮き立つ心が止められなかった。刻々と流れる眼下の雲の層。時々ちらりと見える海の青さ。その宝石のような透明なきらめきに、太陽の光の強烈な眩しさに、優は心を奪われていた。

「時差があって、前日に戻っちゃうんだから、少しでも眠っておかないと体調がおかしくなるよ」

 それでも、樹は優の身体を心配する。

「…眠くなったら寝るから」

 強引に、もう寝なさい、と自由を奪われそうな気がして、優はそっと樹を見上げる。

 二人の座席の前後は空席で、その更に外側の席を囲むように鹿島以下SPがそれとは分からない服装で囲んでいる。もともとこのクラスは要人が利用することも多く、そういう座席の買い占め方には便の方も慣れている。乗客も、それなりの人物しかいないので、お互いに下手に関わりあってトラブルを招いたりしないように暗黙の了解のようなものがあった。

「うん。少しでも良いから、休んでおきなさい」

 樹は、優の髪をそっと撫でて言った。
 一見すると、二人は病気療養に出かける父娘のようにも見えた。どこか、皇族縁の令嬢のように。



 ハワイでの行程は、ほとんどが母が手配してくれていた。

 ホテルまでの送迎も、そして、ホテルの選択も。兄の息のかかっていない、父直属の財団関係者が従業員の大半を占める大きなホテルに着き、二人が部屋へ案内される後ろで、鹿島はホテルの責任者に樹の言葉を伝える。

「樹さまと優さまの周りには常にSPが待機されます。もしも、予告なく、お二人に…特に、優さまに近づこうとする人間がいたら、優さまの半径3メートル以内に入った時点で射殺します。それは一見してホテルの従業員であろうと、一般客の子どもであろうと一切躊躇しません」
「ご心配なく」

 支配人は微笑む。

「ここは、一般のお客様は滞在されません。また、一階のレストランも一般には開放されません。今回の樹さまご一行の滞在は、随分前から承っております。ホテルの従業員も事情はよく分かっておりますし、そちらの方のご心配はありません。また、万が一、そのような事態が起こった場合でも、その後の処理は当方に任せていただいて構いません」

 死体の処理や警察への説明のことを言っているのだと、鹿島は頷いた。

「よろしくお願いします」

 そうは言っても、鹿島は、優の目の前で人を殺すのは気が引けた。きっと、優はその光景を生涯忘れられないだろう。自分が「海が見たい」と言った、その僅かな夢のために、誰かの命が奪われたのなら。

 警告で済めば良いと、彼は祈った。


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