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Stories of fate


虚空の果ての青 第三部

虚空の果ての青 (披露宴) 2

 正式には招待状は出さない、と樹は言ったが、律儀な佐伯が、全員分の簡易的な招待状を作成してくれて、彼自身が学校まで届けてくれた。それで、優はその件に関しては煩わしい手配の必要はなくなり、招待状を受け取ってはしゃぐクラスメイトを不思議な思いで眺めるのみだった。

 当然、山城と九条は有頂天になって喜んでいた。

 彼らは本気で優と友達になりたいのだ。二人とも、その年頃の男の子にしては考えは大人びていた。相手のことを思いやる優しさ強さを備えていた。だからだろう、人の中にうまく溶け込めない優を心配してもいたのだ。

「希美子、桐嶋さんって、来年どうするって?」
「さあ?」

 優が帰っていく後ろ姿を見送って、華道部の部室の畳の上にそのまま座っていた山城は聞いてみる。九条は、担任と面談があって、その日はいなかった。二人は商業研究部という、簿記や会計、コンピュータの資格系を目指す部に在籍してはいるのだが、そういう資格はとっくに取ってしまっているので、もう部活に用はなかったのだ。

「そういうこと、話さないの?」
「あんまり話さないよ」
「なんで?」

 希美子は、正座していても自分よりも大分背の高い山城を見上げた。高校に入ってから、希美子はそれまで短く切りそろえていたストレートな黒髪を長く伸ばしていた。それを普段はきっちりと後ろで束ねて結わえていたが、部活の時間だけは下ろして肩に流していた。

 もともときりっと整った顔立ちをしていた希美子は、不快な相手を見据えるときの目は、男でも一瞬ひるむほど冷たく静かだ。優と同様、親に愛された記憶のない希美子は、やはりどこか人間関係を学び損なって成長してしまっているのだろう。

 彼女の冷たい印象に、クラスの男子は大抵希美子を敬遠しているが、山城はむしろそんな希美子と優に、他の幸せに育った女の子たちとは違う独特な空気を感じて、興味を抱き、惹かれている。

「お互い、あまり興味ないからよ」
「へ…、へえ、そういうもん? 女子って、どんなことでも話すじゃん?」
「女子って、一くくりにしないでよ。優と私は、そういう甘いべたべたした関係じゃないの」

 不思議そうな表情を浮かべる山城に、希美子はそれまで見せたことのない少し厳しい瞳で静かに話した。

「だから。私たちは、それぞれ、自分のことはいつだって自分で決めて一人で生きてきたってことよ」

 あまり理解出来ていない山城の目を見て、希美子はそれほど面倒がらずにゆっくりと説明した。

「言ったでしょ? 私も優も施設育ちだって。私たちには、相談できる親がいない訳よ。学校の先生方にしても施設の先生方にしても、ある程度のアドバイスはしてくれるけど、決めるのは結局自分なの。それって、人は一人で生まれて、一人で死んでいかなきゃならないってことを、イヤってほど味わって生きてきたってことよ。そして、そういう冷めた世界だけを、それだけを見つめ続けてきた。…私はまだ良いよ。寂しさをこれ以上ないくらい知っただけで、寂しさから生まれる清いものも見た。人と関わる最低限のものも見えている。だけど、優は、今の家に引き取られるまで、普通じゃ考えられないひどいことの連続だった。…ううん、今でも、まだあの子の周りは安定してないのかもしれない」

 一年生のときに、何度か長期に学校を休み、やっと出てきたときの優の様子を思い浮かべて希美子は言う。ずっと優を近くで見てきた彼女には、優の身にどんな種類のことが起こったのか、なんとなく想像できたのだ。それは、言葉や態度には出さなくても、強い労わりの‘ひかり’となって、優にも届いていた。

 何も言わず、何をしてくれる訳じゃない。だけど、傍にいて、ただ傍で支えようとしてくれる友人がいる、ということを。

「だから、きっと優は‘今’以上の何も望んでないと思う。これから先どうするかなんて、きっと考えてない。必要なことはその都度考えて、その都度選択していけば良い。優には『将来』なんてないの。いつも『今』だけなの」

 希美子の話は、彼に大きな衝撃を与えた。退屈でも平和に学校生活を送ってきた、ごく普通の高校生、そういう世界からあまりにもかけ離れていた。そして、普段、しっかりしていて華やかな空気をまとい、明るく、如才ない彼女が、そんなことを口にすることが意外だった。きっと彼女は他のクラスメイトにもそんな話はしなかったに違いない。今、彼に聞かれたから、彼が受け留める姿勢を見せたからこそ、語ってくれたことだったのだろう。

「私と優がいたあの施設は、マトモな親のいない子が多くて、親元に帰る子もいたけど、そして、養子縁組をしてくれるという奇特なご夫婦もいたりしたけど、ほとんどは、そのまま中学卒業まで施設で暮らしたかな。そして、あそこは資金繰りが大変でね。ずっと優の引き取られた大きな家からの多額の寄付でなんとかやってきたみたい。私はずっと優と同室だった。昔のあの子は、もっと閉じていた。相手の目を見ることも出来なかった。自分の中以外に世界があることとか、そこには光もあるとか、全然知らなかった。周りがどんなに温かくなっても、真夏の太陽の下にいても、あの子の中はいつでも凍りついたままだった。生きてることの意味なんて、まったくなかったの。あのままだったら、優は…きっと死んでたわ」

 さらりと希美子は断言した。ごく当然のことを口にするように。そして、希美子は何事もなかったかのように、目の前の一本の花を見つめた。

「だからね、あの家に引き取られるって聞いて、私は本当に良かったと思った。羨ましいって気がしないこともなかったけど、私は誰かの家に引き取られるなんて絶対に無理。優は、誰かがいなかったら、死んでしまっていたかも知れないけど、私はむしろ一人だから生きていける」
「ちょっと待って。なんだよ、その…死ぬ、って。どうして?」

 山城は、やっとの思いで、かすれた声を出す。

「さあ? 誰かに殺されたかもしれないし、むしろ、優が自分でそう仕向けたかもしれない」
「どうして、そんな」

 希美子はまるで軽蔑するような一瞥をくれる。

「生きる理由がないからよ」

 もし、優があのまま‘生きる’ことに興味を持てなかったら、と希美子は考えたことがあった。あの子が最後に死にたいと思って、もし、そうしたら、自分は止めないだろうと。自分が生きていることすら曖昧で、人生に苦痛しかないのなら、優は無意識に誰かに殺されてしまおうとするだろう。

 優は、いつも、いつでも死にたがっていたような気がしてならない。彼女の心は、まるで暗い氷に閉ざされていた。それだけをいつも感じていた。

 それがあの日、施設を出て樹の屋敷に向かった日。
 最後に握手を交わした優の手が、とても温かかったことを覚えている。

 その瞬間、彼女の手から伝わってきたもの。
 それは‘生’への明確な喜びだった。それはそれまで優から感じたことのない命の息吹だった。感情のほとんどない優が、樹に出会ってからどんどん変わっていった。人形のようなガラス玉だった瞳に、確かな光と感情の動きが宿りだしていた。

 その劇的な瞬間を希美子は間近で見つめてきた。
 それは純粋な驚きだった。

 羨むでもなく、良かった、という感慨でもなく、ただただ希美子は驚いた。そして、人の可能性は人との出会いでこんなにも広がるのだと、知った。

 当時は、ただ純粋に驚いていた。しかし今なら、心から良かったと思える。

 優は、自分にとって、もしかして双子の片割れのような存在だったのかも知れない。それでも、こうやって道は分かれる。分かれても、こうやって共に時間を過ごすことが出来る。



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