FC2ブログ

Stories of fate


虚空の果ての青 第三部

虚空の果ての青 (披露宴) 1

 一学年の残り数ヶ月、その年をそうやって静かに過ごした優は、出席日数ギリギリではあったが、なんとか2学年に進級し、更に、卒業後の進路に寄ってクラスの選択の時期に来ていた。
 その高校は2年の半ばで就職する者と進学を希望する者を保護者同意のもと大雑把に分けて、その後の指導をそれぞれの専門の職員で担当していくらしい。

 就職も進学もさせるつもりはないと、樹は高校の先生方に申し渡してあったし、書類上では優はすでに既婚者であるため、学校でも優に関しては本人の意向に任せるつもりでいるらしい。学校に呼ばれて保護者として面談を受けた樹は、ただ、滞りなく卒業までを見てほしいと話してきた。

 そして、彼はまだ優が成人に達していないことと、高校在学中であることを考えて躊躇していた優のお披露目パーティを、今後のことを考えて、予定を早め、その年度中に開催することを決めた。年明けの新年祝賀パーティと兼ねて行う予定であるそのお披露目は優をマクレーン財団の一員として世間に周知させるためのもので、危険も増えるが、関係者や世間が彼女に一目置くようになることで、営利目的誘拐などの小さな事件に巻き込まれることを予防するものでもある。今まで、正確な情報が出ていないことに寄って優は事件に翻弄され続けてきたのだ。
もうすぐ冬本番。11月に入ったばかりのそろそろ年末に向けての慌ただしさの予兆が始まる頃。しかし、優は、そのパーティの支度だけが憂鬱だった。

 学校での、希美子との会話の中で、ふとその話題が出たとき、周りにいたクラスメイト達が、パーティというものに出てみたいと言い出した。そのパーティの趣旨は優本人にもよく分かっていないため、彼女にも説明できなかったし、屋敷を会場に行われる比較的規模の小さいものなので、舞い上がってしまっているクラスメイトを無下に断れずに、じゃあ、いつきに聞いてみる…と優は言って、その日は帰宅してきた。

 いつでもメールはして良いから、と言われていたことを思い出して、優は、滅多に操作しない携帯電話を開いて、一生懸命メール作成を試みる。初めに買ってもらった機種より、大分進化しているそれは、その分機能が増えて、優にはむしろ使いづらいものになっていたが、それでもなんとか文面を打ち出していく。

 その作業に30分以上の時間を費やし、ようやく送信して、優はぐったりと疲れ切ってしまった。
 比較的すぐに着信音が鳴り、樹からの返信かと思ってみると、それは電話だった。

「どうしたの? クラスメイトがパーティに出てみたい、って?」

 あれだけ苦労してメール作成したのに、樹は電話でその一言で済んでしまう。
 ずるいな、と優はちょっと思う。

「うん。あの、良いのかな…?」
「いや、まあ…うん。構わないけど、他に集まるのは大人ばっかりだよ? 楽しいのかな?」

 パーティ自体を楽しいと感じられない優には答えようがない。

「ああ、でも、君がクラスメイトがいた方が気が紛れるかもしれないね。どうしたいの? 優ちゃんは?」

 聞かれて、優は、初めて考える。
 行きたいと言われて、じゃ、聞いてみよう、と考えただけだった。自分の感情をまったく考慮に入れていなかったことに、そのとき初めて気付く。

「…分からない」
「分かった。この件については週末話し合おう。それまでに考えておいて。」

 優が頷くと、電話は切れた。

 クラスメイトに特別な思い入れはない。

 そもそも優は、すべてのクラスメイトの顔と名前をきっちり把握していない。学校も休みがちで、高校ではもう体育の授業はほとんど参加していなかった。体育祭も応援のみで、大きな行事にはほとんど参加できなかった。学校帰りに買い物に出かけたり、試験前に集まって勉強してみたり、そういう交流をまったく持たなかった優にとっては、希美子以外、クラスメイトという一つの大きな集団でしかない。一人ひとりを個人として見たことすらなかった。

 他のクラスメイトが「良いなぁ!」と羨ましそうに叫び、希美子も少し興味を惹かれた表情をしていた。

 そうか。希美子が一緒にいてくれれば良いな、と優は思った。そして、クラスの子が多少増えたってそれはそれで構わない。あまりクラスに馴染めていない優は、希美子がいるなら、他はどうでも良いような気がした。

 だが、そういう儚げな彼女を、遠くで見つめる男子生徒が大勢いたことを優は知らない。

 大抵の男の子たちは、男性アレルギーと言われ、近づくことすら出来ずに、ただ見つめていた。しょっちゅう学校を休んで、登下校も送迎付きで、話をする機会もほとんどない。それでも、他の女の子たちとごくたまに話をするその声を聞き、綺麗にノートを取っている頭の良い優の、その細い字を見るとき、ほのかな恋心を抱く男たち。
 そんな中、優の家で開催されるらしいそのパーティの噂は、瞬く間にクラス全体に広まってしまった。

「えっ? クラス全員? …一体、何人いるの?」

 その週末、帰宅した樹はさすがに呆れた声をあげた。夕食には間に合わなかった彼は、部屋で着替えてコーヒーを湧かしていた。

「ごめんなさい」

 優にも、何故そんなことになったのかさっぱり分からない。彼女は、夕食を終えて部屋に戻ったところだった。

「いや、良いけど、確か40人くらいいたよね? それが全員?」
「…たぶん」
「君、クラスで、すごい人気者だったの?」

 樹のからかうような言葉に、優はふるふると首を振る。大抵のクラスメイトは、教室に大人しい子がいる、程度の認識しかないはずだった。優は、自分の容姿が特別目を引くものだとは考えていない。むしろ、迷惑なことだった。

「まあ、…そういう世界に興味を抱く年頃なのかあ。君が構わないなら、俺も別に良いけど、そうするとここじゃ、定員オーバーかな。招待客を減らせば良いのかもしれないけど、それじゃあ、開催する意味がないからね」

 樹は外せない招待客の数を思い浮かべる。

 会社関連の人数だけで大半を占めるが、そこに、やはり父の関係者も外せないだろう。応じるかどうか分からないが、数人いる兄とその関係者にも招待状だけは送らなければならない。

「都内のホテルの方でやろうか。君のクラスの子たちは学校までバスで迎えに行って、あまり遅くならない内に帰せば…」

 樹は淹れたてのコーヒーをカップに注ぎながら考える。

「でも、本当に君は招待したいの? クラスメイト全員を?」
「希美子が来たいって言ってるから」

 優はそっと樹を見上げる。希美子が一緒にいてくれれば優自身が少しはパーティが怖くなくなるかも知れない、と思っていた。彼女は幼少の頃より一緒に暮らしてきたある意味姉妹のようなものだ。樹を除いたら、優を一番理解してくれているのは希美子であろう。

「ああ、彼女ね」

 樹は、何度か見かけた優の同室だった子を思い浮かべて微笑んだ。利発そうな目をした、どこか挑戦的な強い光をその瞳に抱く子だと。

「まあ、良いんじゃない? 君も、誰か話し相手がいた方が気が紛れるだろうし。そうでもないと、きっと君に男共が群がって俺がイラつくことになるだろうから」

 樹は笑う。優はその言葉に怯えて、思わず樹の傍に寄ってガウンの袖口にすがりつく。樹はカップを片手に優のふわふわの髪を撫でた。

「大丈夫だよ、もう、君を誰にも触らせたりしないから」

 優は毎日顔を合わせるクラスメイトですら、今でもまだ怖かった。相手が男の機能を持っている限り、その対象として優を見たら、彼女は大抵の男の力にはかなわない。さすがに、彼女に不用意に近づく生徒はいなかったが、そういう視線を感じることは多々あったのだ。

 探偵社の一件以来、優は鹿島が迎えに来るまで、校門の外に出て待つことはしなくなった。現在のボディガードの女性、ブランカは、やはり桜木と同じように、特に優に近づかずに半径数メートル以内で付かず離れずの距離を保っている。優の行動の邪魔をしたりはしない。

 だから優も、彼女の存在に気付いてはいても特に気に留めないようにしていた。そして、希美子が部活動をしている華道部の部室で、彼女は時間をつぶして迎えを待つようにしている。時に一緒になって花を生けてみたりもする。鹿島は特別に許可をもらって、校内まで彼女を迎えに来るのだ。

 その時間、用もないのに、華道部に顔を出す生徒が数人いる。窓辺で鹿島の姿を探している優に話しかけてきたり、女性の多いその部活で、何か力仕事を手伝ってみせたりするのだ。あまりにしょっちゅう顔を合わせるので、さすがに優も名前を覚えてしまった。

 一人は山城貢、もう一人は九条良介という。山城は背がすらりと高く、中学までは野球に没頭していた野球少年だった。対する九条は柔道をやっていて、どちらかと言えば筋肉質でがっしりした体つきをしたアクション系の男っぽい顔をしている。

 明るくて気さくで良い子たちなのだが、優にとっては‘男’というだけの存在だ。彼らは別の部に所属しているはずなのに、そっちにはあまり顔を出していないようだ。

 彼らを特に嫌ってはいなかったが、優は、いろんな意味で関わるのが煩わしかった。

 清琳の事件があってから、優のアレルギーがひどくなったというわけではない。清琳のような思惑を持って彼女に近づく相手に対しては恐らく病的な反応を示すだろうが、そうでもない限り、優は、クラスメイトはクラスメイトとして認識していた。

 ただ、優のあの体験に対する‘恐怖’は、まだ消え去ったわけではない。
 今ではそれでも大分落ち着いたのだが、しばらくは、優の精神状態があまりに不安定で、使用人たちではどうにもならず、真夜中に樹に連絡が入ることもあった。

「希美子さんの他に、仲の良い友達は出来た?」

 優は、あまりそういう話をしないので、樹は学校の様子をほとんど知らない。小中学校と違って、家族が学校を訪れる機会もない高校生活は、本人の言葉からしか図れない。

「あんまり」

 優はさして興味なさそうに答え、ふと、山城と九条のことを思い出した。そして、ほんの少しあの笑顔を思い出して、そういえば、彼らには話しかけられてもそれほど不快じゃなくなったかな、と考える。

「少し、話しが出来る人ができたけど」

 へえ、と樹は少し意外に思う。

「どんな子?」

 当然、女の子だろうと思って彼はカップを傾けながら聞く。
 優は当惑して首を傾げる。

「普通の…人」

 普通の度合いなんて分からなかったが、取り立てて二人に目立った特徴は見つけられなくて、優は困ったのだ。その答えに樹は笑った。

「分かった。まあ、良い。君のそういう高校生活が見えそうで俺も楽しみだよ。正式な招待状は出さないけど、呼んでおいで」

 優は小さく頷いた。



関連記事
スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 紺碧の蒼
もくじ  3kaku_s_L.png 真紅の闇
もくじ  3kaku_s_L.png 黄泉の肖像
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 2
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 3
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 4
もくじ  3kaku_s_L.png 花籠 外伝集
もくじ  3kaku_s_L.png 蒼い月
もくじ  3kaku_s_L.png 永遠の刹那
もくじ  3kaku_s_L.png Sunset syndrome
もくじ  3kaku_s_L.png 陰影 2
もくじ  3kaku_s_L.png Horizon(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png Sacrifice(R-18)
もくじ  3kaku_s_L.png 閑話休題
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  ↑記事冒頭へ  
←虚空の果ての青 (作品説明?)    →虚空の果ての青 (披露宴) 2
*Edit TB(0) | CO(0)
ジャンル:[小説・文学] テーマ:[現代小説

~ Comment ~















管理者にだけ表示を許可する

~ Trackback ~


  ↑記事冒頭へ  
←虚空の果ての青 (作品説明?)    →虚空の果ての青 (披露宴) 2