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Stories of fate


虚空の果ての青 第二部

虚空の果ての青 (re-born) 55

 事態の把握も、自らの状況も、優はもう考えることを手放してしまったように。
 身体が覚えている優しい記憶にすがったのかも知れない。

 大分ぬるくしたお湯に浸かって、樹に背中を流してもらい、髪を洗ってもらって、ローブ姿のまま樹の腕に抱かれて優は、食事の席に就く。

「スープだけでもちょっと口に入れておいて」

 そう言われて、何も考えずに食卓に並べられたものを口に運ぶ。そのとき優は、もう、周囲の何も目に入っていなかったし、何も聞こえていなかった。ただ、まるで身体の内側から響くような樹の声に従っていた。

「おいしい?」

 機械的に食事を続ける優に、樹はその右手をそっと留めて聞いてみる。優は、ぼんやりと彼を見上げ、そして、スープの皿に視線を落とす。そこでようやく考えてみる。今、自分が何をしているのかを。いつもよりずっと薄味の、野菜だけをじっくり煮込んだらしい透明なスープ。

 こくり、と優は頷いた。そして、そのとき初めて舌に残る味を意識した。
 樹は、背後で心配そうに優を見守る佐伯に、目で合図する。

「デザートを少し食べるかい?」

 まだ半分以上残ったスープの皿をさげて、佐伯はリンゴをすりおろしてヨーグルトに和えたものを優の前に置いた。香り付けのハーヴの葉が数枚白いヨーグルトを飾っていた。

 優は、樹を見上げて、そっとスプーンに手を伸ばした。



 入浴して食事をして、優は大分顔色を取り戻した。そして、瞳にほんの少し光が戻ったように見えた。
 このまま少し様子をみたいと樹は思ったが、優は、部屋に戻るとすぐに言った。

「…いつき、…いつきは…」
「うん」

 寝巻きに着替えさせながら、樹は思案する。

「明日の朝、会わせてあげるよ」

 優は特に表情を変えなかった。

「どうやって…」
「うん?」
「生まれ…なおせるの?」

 ようやく部屋着に袖を通させて、樹は優の髪の毛を避けながら襟元を直す。

「そうだね」

 樹は、優の頬に掛かる長い髪の毛をかき上げてそれを細い紐で後ろに縛る。そういうひとつひとつのことが二人にとってごく当たり前の日常のことで、もう優は違和感を抱かなくなっていた。

「簡単だよ」
「…え」
「一度溶けてなくなっちゃえば良いだろ?」
「…溶けて…」

 それがおかしいことだと優は気付かなかった。いや、ただ彼女は‘いつき’に会いたかったのだ。
 会いたかった。
 たとえ、顔を背けられても、罵られても、ただ、傍に行きたかった。

「どう…すれば…」

 すでに、必死の表情になっている優が、樹は笑い出したいほど、メチャクチャにしてしまいたいほど愛しかった。

「さて、どうすれば良いかなぁ」

 ふわりと抱き上げられて、優は慌てて樹の首に抱きついた。

「蕩けてなくなっちゃうくらい、気持ちよくしてあげるよ」



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